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「しゃあないな。治してあげないとな」

 それから3年がたち、吉井さんをはじめ、多くの関係者の思いもあってフォーシームは競走馬としてデビューを果たすことができました。中央競馬では勝ち星を挙げられませんでしたが、地方の名古屋競馬場で3勝をマークして競走生活を終えました。そして繁殖牝馬として母になり、その最初に産んだ子がリジンでした。

 2019年5月13日の吉井さんのブログには、「牧場から嬉しいニュースが届きました。フォーシームが無事、牡馬を出産しました。レースに負けて馬房でふくれっつらをしていたフォーちゃんが、おかあさんになりました」と写真付きでつづっています。思い入れの深い愛馬の子供ですから、そのうれしさといったらなかったでしょうね。

(左から)水野貴史調教師、吉井理人オーナー、横山孝清厩務員、本田正重騎手

 そんな夢の詰まったリジンでしたが、人間のアスリートの世界と同じようにケガという厳しい試練を受けることになりました。優れた素質を見込まれながら、中央競馬でのデビューを目前にして後ろ脚を動かすにあたって大切な骨盤の腸骨(ちょうこつ)部分を骨折。非常に珍しいケースの大ケガで、全治については半年、1年、あるいは競走馬としてデビューを諦めた方がいいという声まであったほどでした。しかしそれでも吉井さんは、「しゃあないな。治してあげないとな」と、何より親心がまさったそうです。

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 同じ世代のライバルたちが競馬場でレースを走っている一方、昨年1月に故障してから約3か月間は牧場でおとなしく回復に努めて、春には福島県いわき市にある温泉施設を備えた「競走馬リハビリテーションセンター」で治療。焦らせず、根気良く見守り続けた姿勢は、よく言われる吉井監督のコーチングの姿勢に通じるものがあるように個人的に思います。

 地道なリハビリのかいあって、リジンは中央競馬から地方の浦和競馬に移籍した後の昨年10月にデビュー戦で待望の初勝利を飾りました。回り道をしたことで時間はかかりましたが、担当の横山厩務員によれば、「やっぱりケガのことがあって、腰が弱かった印象でしたが、調教(トレーニング)をするとバランスのいい走りをするんですよ。だから力をつけていければ、活躍できそうな気はしていました」とブレイクの予感はあったそうです。

 実際に確かな走る才能があるのが分かったので、吉井コーチ(ここは“さん付け”じゃない方がいい気がしますね)は体力強化で成長を促しつつ、ピッチャーやバッターのように何より大事な“フォーム固め”に時間を割くことを決めます。無理にレースには使わず、そこから約4か月間と期間を設定して、牧場でバランス良く、真っすぐと走れるようにひたすらトレーニングを積ませていったそうです。

 正しいフォームを身につけて、ケガをしないで力を発揮できるように我慢して育てる――。その思いに応えて今年3月の復帰戦からリジンは、ワンサイドの強い勝ちっぷりでデビューからの連勝を4に伸ばしました。今は北海道の牧場で心身のリフレッシュ中で秋の復帰を目指しているそうですが、いつか“浦和のスター候補”にとどまらず、全国区へ羽ばたけるのではと競馬記者の視点で私は期待しています。

浦和競馬場の野田トレーニングセンターの馬房でつくろぐリジンと横山孝清厩務員

 リジンの担当の横山厩務員は「こっちが思った時に馬を休ませてもらえると、うまくいくことが多いものです。いろいろあって、そうならない時もある世界ですから」と、吉井さんの理解に感謝します。さらに続けて「ヤクルトの時にすごいピッチャーだった印象がありますし、そういった方が馬主を浦和でやってもらえて、うれしいことですね」とも話してくれました。たまたま浦和というエリアでつながっているとは言え、なんだかマリーンズの若手のホープにだぶって見えてしかたがありません。じっくり体作りを優先して育っていく姿は、背番号17のあのピッチャーをほうふつとさせると言ったら言い過ぎでしょうか。

 くしくも交流戦の最後の3連戦は、同じく馬主の顔を持つ三浦大輔監督率いる横浜DeNAベイスターズ。ひそかに“馬主対決”という側面もあり、今回の文春野球コラムの顔合わせも同じ対戦カード。おそらく三浦監督も、同じような気持ちで愛馬の成長を楽しみにして、本業と劣らぬ情熱を注いでいるのではと勝手に想像しています。そして秋には千葉と横浜の“南関ダービー”の日本シリーズが実現してほしいと思うのは、私だけではないはずです。

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