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 意地を張らず、できないことに執着しない素直さをいつも携えておきたいですし、他者に対しては謙虚でいたいと思います。

 年を重ねるごとに、一歩引いてみる。聞かれる前には話さない。自分が話すよりもまずは聞く。謙虚さは大人の証明です。人生の経験値が生み出す器の大きさとも言える気がします。

「白か黒か」は忘れる

 <いいか、悪いか。 二極で考えないほうがいいときもあります。白黒つけないグレーも悪くありません。>

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 正義感が強くてまじめな人ほど、ものごとを白黒はっきりさせたいのかもしれませんが、世の中のほとんどは曖昧で、見方によって真逆です。正義も、こちらから見ればこちらが正義、あちらから見ればあちらが正義。白黒つけるなんてできません。

 以前、多忙を極める40代の男性がクリニックにいらっしゃいました。「うちの会社はおかしい。ワークライフバランスなんてあったもんじゃない」と、会社の上司や組織を責めておられ、その怒りとイライラは相当なものでした。

撮影 秋月 雅

 大変な状況にあるのは確かですが、過剰な怒りの原因は、外的なストレスによってからだのめぐりが悪くなっていることにもありました。ひとしきり不満をお聞きして、「愚痴を言い続けるとご自身にとってご損ですよ」とお伝えしました。少しでもお気持ちが和らぐよう、焦燥感に合わせた漢方薬を処方しました。しばらくしていらしたときには、少し落ち着かれて、以前よりもものごとを俯瞰して見る力を取り戻されていました。

 いいか悪いかで、この世の中のすべてを判断するのは、そもそも難しいのです。

 互いの立場もそう。優劣をつけようとしたところで、基準が変われば上下はすぐに逆転します。自分の正しさを振りかざすと、相手を傷つけることもあれば、自分の正しさが通らないことに憤り、ストレスをためてしまうことにもなります。

 世の中には多様な人たちがいて、その多様性が認められる時代です。それぞれの正しさや価値観で生きていることを受け入れることで、心がラクになる気がします。

「貧乏くじを引いた過去」は忘れる

 <望まない環境でこそ、 得られるものがある気がします。 誰かのために使った時間は、 かけがえのない経験です。>

 クリニックにいらっしゃる方の中には、育児をしながらのフルタイム労働で疲労困憊し、退職を選択された人もいれば、親の介護で大好きだった仕事を辞めて郷里に帰る人、自身の病気で仕事が一時できなくなる人など、さまざまな方がいます。

 私は、5人目の誕生を機に医師のキャリアを中断し、専業主婦として子育てに専念しました。それでもやっぱり医師に戻りたいとずっと願い続け、上の子たちの大学進学をきっかけに、52歳で医師に復帰。14年のブランクを経ての決断でした。

 以前は産婦人科医でしたが、再出発の際に、精神医学を学んで精神科医になり、その後関心を持った漢方医になり、今、自分のクリニックで診療を行っています。

撮影 秋月 雅

 もちろん、私の場合、専業主婦になることも、そして復帰することも、どちらも自分で決めたことであり、非常に恵まれていたと感じます。夫や子どもたち、実母の応援、そして、時代や周囲の方々の導きがあったからこそ歩めた道。今は、私がもらったたくさんの応援と、医師として生きてきた経験を、患者さんにお返ししなくてはと思うばかりです。

「貧乏くじを引いた」と思いたくなる、自分の意思ではなく置かれた環境は、あなた自身にかけがえのない経験をもたらすはずです。

 誰かのために使った時間は、直接相手から返ってはこなくても、別の形で返ってくる。長い年月を経て、そう思えるようになりました。そして、何かをやりたい気持ち は何より大切。何歳からでも再出発できることを、忘れないでいてほしいと思います。