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 後年、ある講演会で、浩宮は、こう述べている。

 「『ジャクソンズ・オックスフォード・ジャーナル』の記事の索引は、何故か1790年までしか作成されておらず、調査対象とした1800年までの10年間は、新聞の記事を丹念にめくる作業が必要になりました。日刊の新聞でなかったのは救いでしたが、週1回出る新聞でも、10年分を見るのは骨が折れました。このほか、花粉症にかかっている時期には、分厚いバインダーに綴じられた新聞から舞い上がるほこりに大いに悩まされたこともありましたし、土砂降りの日に、図書館の入り口付近に立てかけておいた傘を盗まれ、コレッジまでずぶぬれになって帰った思い出もあります」

 「これらの記事をほかの史料とも突き合わせ、補ったり、新たな事実を付け加えていく必要も出てきました。その作業は18世紀のテムズ川の水運という大きなジグソー・パズルを少しずつ埋めていくような感じもし、大変であると思うこともありましたが、同時に胸が躍るような感じを抱く時もありました」

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インテリジェンスとの向き合い方を学ぶ

 こうして、こつこつと1次資料に当り、古ぼけた文書と格闘したのだが、じつは、これは情報機関の仕事にも通じる。

 世間でスパイと言うと、目つきの鋭い殺し屋のイメージがあるが、それは、多分に映画や小説の影響が大きい。これまで、CIA(米中央情報局)やMI6の元幹部に会う度、「優秀なスパイとは」と訊いたが、答えの1つに、「断片から全体を読み解く能力」があった。

 工作員は、世界中から、様々な情報を本部に送ってくる。だが、それらは断片的で、これだけで何を意味するのか、はっきりしない。そこで、体験と知識を駆使し、ジグソー・パズルのピースを埋める。

 あのル・カレの小説も、そうだった。主人公のスマイリーは、失敗に終わった過去の作戦、幹部の出張、経費の精算など、断片の情報を集める。そこから、偶然に見えない接点を探し、ソ連の「もぐら」を炙り出す。そして、これこそ40年前、浩宮が、オックスフォードで体験したことだった。

 中世の商人の納税記録、テムズ川の通行規則、船舶の事故報告、ばらばらの情報でパズルを完成する。言わば、将来の天皇は、インテリジェンスとの向き合い方を学んでいたのだ。