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「演出家のほうが好き」

 一門を離れると、外部の演出家による舞台で活躍します。

 三谷幸喜さん作の歌舞伎『決闘!高田馬場』(2006)は、傑作でとても面白かった。わたしが観た回にちょうど香川照之さんも来ていて「(猿之助は)ぼくの従弟なんだよ」なんてちょっと自慢気でした。2人は幼い頃に会ったきりだったのですが、その頃に再会してよく会うようになったそうです。

 尾上菊之助さんとの共演で、蜷川幸雄さん演出の歌舞伎『NINAGAWA十二夜』(2007)にも出演。麻阿(まあ)というお侠(きゃん)な腰元役を思い切り派手に演じ注目を一身に集めました。女方はいつも立役より一歩引いているとか、足は内輪にしてうつむき加減とかの既成概念を無視し、あえてその逆を演って成功。蜷川さんもその独創的演技に意表を突かれるとともに、彼の演出家としての素質を買っていたそうです。

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蜷川幸雄 ©文藝春秋

 わたしは彼に、自分の性格をどう分析するか聞いたことがあります。

「熱しやすくさめやすい。ものすごく几帳面で、ものすごくだらしない。両極端のものが全部、自分の中にあるから、人によってぼくに対する印象が違いますよね。飽きっぽいしね。だから芝居を作るまでが楽しいんで、作っちゃったらもう『誰かやってくんない?』みたいな……」

 そう返してきたので「じゃあ演出家向きですね」と言うと、

「そっちのほうが大好きです。それと、稽古期間が4日か5日しかなくてすぐ初日という、役者にもお客さんにもよくない今の興行形態も改革しなきゃと考え始めると、経営のほうにも回りたくなって。ぼく、いい経営者になると思うんだけど(笑)」

 常に役者としての自分をクールに見つめる演出家としての猿之助さんがいる。それがこの役者の本領なのだと思いました。

関容子さんの「伝統芸能はドロドロもないと」全文は、「文藝春秋」2023年7月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。