「インターネットの力が大きくなって、テレビが力を失ってきたという側面を感じます。テレビでは放送されなくても、YouTubeなどで広く見られているようなことも起きています。アメリカの#MeToo運動もそうでしたけど、これからの時代、社会的なイシューになるかどうかは、インターネットが一つの鍵になるんじゃないかという気がしています」
二本樹の発言も、インターネットで広がった。その反応に対して「真っ当な意見を述べている方が多くて、私自身も勉強になります」と感謝する。
ジャニーズファンによる悪質なフェイクニュース
もっとも、インターネットの力が悪しき方向へ働くこともあった。
「文藝春秋 電子版」(および部分転載された文春オンライン)での二本樹の実名告発記事は、5月13日に配信されて以降、一度も編集されていない。しかし一部のジャニーズファンが、性加害現場となったホテルについて「最初はジャニーさんが合鍵を使って部屋に入ってきたと書かれていたのに、それがありえないことだと指摘されると記事を編集した」などと主張。その誤った情報がSNSで拡散され、二本樹の発言に信憑性がないという根拠にされた。
いわゆるフェイクニュースだ。
「合鍵なんて発言は一切していないのに、恐ろしいですね。そもそも私がホテルで性被害に遭った時、ジャニー氏は同じ部屋に宿泊していましたから。全然違うストーリーにするのはやめてほしいです」
二本樹がフェイクニュースを懸念するのは理由がある。
「事態を沈静化させようという動きかもしれないので。私を含め元Jr.たちの証言は嘘だったんだという方向に誘導して、この問題をなかったことにしようとされるのは、今一番憂慮していることです」
フェイクニュースだけではなく、そうした一部ファンから怒りの矛先を向けられることも起きている。誹謗中傷はできるだけ真に受けないようにしているというが、「性加害を認めるような風潮はあってはならないと思うんですけどね」と釘を刺す。
「そういうファンの方は、ジャニーズという看板の下で応援するタレントが活動を存続してくれることを願っているのでしょう。ジャニー氏の功績の方に注目して、彼を神格化しているとも感じます。でもジャニー氏が行ったのは、人類史上に残るレベルの性犯罪じゃないですか。この問題に対して日本人がどういうリアクションを取るのかは、日本人全員の倫理観に関わる問題として、世界から注目されていると思います」
また、ジャニーの性加害の事実から目を逸らそうとする動きが、本当の意味でタレントを守ることにつながるのかという点にも、二本樹は疑問を呈する。現役タレントの中にも性被害に遭った人がいる可能性を考えてのことだ。
二本樹は退所後、性被害のトラウマによる様々な症状に苦しめられた。抑うつ状態、反社会的行動、自殺願望、男性恐怖、性依存、フラッシュバックなどだ。
「私自身、20代でカウンセリングを受けたり30代で心療内科に通ったりして、徐々に回復していった経緯があります。回復のプロセスでは、性被害の事実があったと認めていくのも大事なことなんです。一見元気にタレント活動をしてきた方が、いざ事実と向き合おうとするとショックが大きいかもしれません。でも、専門家の力を借りながら本当の回復の道を歩めるようにと願っています」
児童虐待防止法の改正を求める署名活動も
他の実名告発者とともに声を上げる機会も出てきた。
5月26日には、カウアン・オカモトや橋田康らとともに、児童虐待防止法の改正を求める署名活動を始めた。
同法では、児童虐待の主体が“保護者”に限定されている。一方、アメリカやイギリスなどでは、児童虐待を保護者に限らず、“他者”からの人権侵害行為と広く定義している。
二本樹らが署名活動で求めた改正点は、以下の2点だ。
①虐待の主体を、保護者から、経済的あるいは社会的影響力のある第三者(教師やコーチ、芸能事務所幹部など)に拡大する
②地位を利用した第三者による虐待を見聞きした人に対し、警察への通報を義務化する
また二本樹は同月31日、国会内で開かれた立憲民主党の「性被害・児童虐待」国対ヒアリングに出席。自身の受けたような子どもの性被害について次のように言及した。
「これは芸能界の問題だけでなく、たとえば教育の分野や、スポーツ界、もしかしたら宗教界といった幅広い分野で行われている可能性もあるので、本当に社会全体の問題としての意識で取り組んでいく必要があると思っています」
メディアや国会に対しては、次のように訴えた。
「本当にこの問題はこれまでずっと長年放置されてきました。こうしたジャニーズの性被害であったり、子どもたちの性被害であったりを、見て見ぬふりをしないで取り組んでいただきたいというのが切実な願いでございます」
二本樹自身は立憲支持者というわけではなく、自身に政治色がつくことには不安もあった。それでも、法改正によって虐待の発見と抑止を推し進められるなら、という一心で発言に立った。
◆
二本樹さんはジャニー氏からの性被害者に対し、次のように呼びかけています。「私自身は、最終的には司法の場で判断してもらって解決するのがベストなのではないかと思い始めています。同じ思いを持つ被害者が集まれるようなら、集団訴訟を起こすことも選択肢の一つです」。連絡先はraisingvoicesjapan@gmail.com
本記事の全文、および秋山千佳氏の連載「ルポ男児の性被害」は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
■連載 秋山千佳「ルポ男児の性被害」
第1回・前編 「成長はどうなっているかな」小学校担任教師による継続的わいせつ行為《被害男性が実名告発》
第1回・後編 《わいせつ被害者が実名・顔出し告発》小学校教師は否認も、クラスメートが重要証言「明らかな嘘です」
第2回・前編 中学担任教師からの性暴力 被害者実名・顔出し告発《職員室で涙の訴えも全員無視》
第2回・後編 《実名告発第2弾》中学担任教師から性暴力、34年後の勝訴とその後「ジャニー氏報道に自分を重ねる」
第3回・前編 《実名告発》ジャニー喜多川氏から受けた継続的な性暴力「同世代のJr.は“通過儀礼”と…」
第3回・後編 《抑うつ、性依存、自殺願望も》ジャニー喜多川氏による性暴力 トラウマの現実を元Jr.が実名告発
第4回・前編 「なぜ今さら言い出すのか」性被害を訴えた元ジャニーズJr.二本樹顕理さん 誹謗中傷に答える
第4回・後編 「ジャニーさんが合鍵を?」元Jr.二本樹顕理さんを襲った卑劣な“フェイクニュース”
第5回・前編 「性暴力がなければ障害者にならなかった」41歳男性が告発 小学3年の夏休みに近所の公衆トイレで…
第5回・後編 《母は髪がどんどん抜け、妹からは「キモい」と…》性被害後の家族の“拒否反応”の真実 41歳男性が告白
第6回・前編 目の前で弟に性虐待を行う父親 「ほら見ろよ」横で母親は笑っていた《姉が覚悟の実名告発》
第6回・後編 「絶対に外で言うなよ」父親の日常的暴力と性虐待の末に29歳で弟は自殺した《姉が実名告発》
第7回・前編 NHK朝ドラ主演女優・藤田三保子氏が“性虐待の元凶”を実名告発「よく死ななかったと思うほどの地獄」
第7回・後編 「昔、兄にいたずらされたことが」塚原たえさんの叔母、藤田三保子氏が“虐待の連鎖”を実名告発
男児の性被害について情報をお寄せください。
秋山千佳サイト http://akiyamachika.com/contact/