貯金がなければ住宅購入時の頭金を用意することができないし、車を買うことも難しいだろう。趣味を始めよう、何か新しいことを始めようと思っても、それを開始する軍資金がなければ踏み出すことはできない。急な出費に対する準備もできていないわけで、お金がないという現状は、漠然とした不安も生みかねない。
かつて、消費することが幸せにつながる時代があったが、それはお金に余裕があってこそ実現するものであった。昨今は、ファストファッションや格安スマホなど、安いモノに消費をすることで支出を抑えることが一般化しており、羽振りよく、湯水のように消費していたバブル時代とは真逆の市場環境であることには留意したい。
ちなみにSMBCコンシューマーファイナンスが2022年に15~19歳の学生を対象に行った「10代の金銭感覚についての意識調査2022」(2022年8月25 日)によれば、大学生等がひと月あたりに使うお金は平均2万3645円であるという。
たとえば実家暮らしで、アルバイト代のすべてをお小遣いにできる大学生等であれば一定の自由に使えるお金があり、社会人のなかには「学生時代の方が自由にお金を使えていた」という感覚を持つ人は少なくないと、筆者は考える。
「必要でないもの」を消費したくない——若者の〇〇離れ
次に、「(2)必要でないものをわざわざ消費したくない」という点である。
バブル期においては高級ブランド志向が強く、ゴルフやスキーといったレジャーが強く奨励され、上司から勧められたものを素直に「二つ返事」で聞き入れて消費していた人は少なくなかった。
上司は「画一化された幸福」を手に入れている身近な例といえ、彼らと同じように消費することが幸せへの道であり、彼らから気に入られる手段でもあった(気に入られることで出世が近づく)。そして、「必要ではないが、生活を豊かにするモノ」を所有することでステータスを得ようと、人々がこぞって消費していた時代があった。
しかし、このような幸せが今幸せといえるのかといったら、時代錯誤な面の方が大きいのではないだろうか。
前述した「消費したくても消費できない」という現状に加えて、そもそも「画一化された幸福」を幸せであると思わない人々が増えた。そのため、「自分が必要としないもの」に対して消費を行う際に、“理由”や“根拠”が必要になったともいえる。
「ゴルフはやった方がいい」
「よい時計をつけろよ」
こういったステータスを演出する消費を勧められることに対して、若者は疑問を抱いている。