昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載ことばのおもちゃ缶

2015/04/26

genre : エンタメ, 読書

 さて、ということはもともとがリズムや響きの技巧を凝らしてある文章をアナグラムにしたら、やっぱり心地よいアナグラムに出来るのではないか。そんな思い付きから「アナグラム短歌」というのを始めるようになって、現在に至るのである。ルールはシンプル。すでに誰かが詠んだ既存の短歌一首を、アナグラムにする。それだけである。もとが三十一音と決まっているのだから、並び替えてもやっぱり三十一音の別の短歌になる。そこが面白いところ。

 たとえば、この歌。

柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君[与謝野晶子]
→やははだのあつきちしほにふれもみでさびしからずやみちをとくきみ
→友達はビキニ見られず悔しさの極みで星や血を掴みあふ

 どうでしょう。女性の熱い身体感覚を詠んだ与謝野晶子の名歌が、童貞の激しい嘆きへと早変わり! しかしアナグラム化してもやっぱり思春期っぽいモチーフが出て来てしまうのはなぜなのか?

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心[石川啄木]
→こずかたのおしろのくさにねころびてそらにすはれしじふごのこころ
→疎かにされずこの頃恥じらふの
 少し子猫の旅
 釧路にて

 説明しますと、石川啄木は北海道の釧路に住んでいたことがありまして。そんで代表作であるこの歌をよく読んでみるとなんと「くしろ」が隠れていることに気付き、これはもう使わないわけにはいかないだろうという勢いで作ったアナグラム短歌。故郷である盛岡を懐かしがっている歌なのに(不来方とは盛岡の古称)、なぜかそのずっと後に流れ着くことになる釧路が出て来るという皮肉めいた一首となりました。

君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ[北原白秋]
→きみかへすあさのしきいしさくさくとゆきよりんごのかのごとくふれ
→呑みへ行く仕事不倫と誤解され浅草の寿司企画の危機よ

 そしてこの歌。この歌のアナグラムには苦労した。なにせ音韻が計算し尽くされていて、S音とK音がとても効果的に多用されているのだ。「さくさく」というオノマトペに象徴される響きが清新で切ないイメージを醸し出しているのだけれど、いざアナグラムにしてみようとするとそのS音とK音がひたすらに邪魔。そればっかり余る。そのせいで下句が「浅草の寿司企画の危機よ」なんて早口言葉みたいなことになってしまった。

 そしてこれもまた説明を要するんですが、北原白秋は人妻といわゆるねんごろな関係になって、昔は姦通罪というのがあったので逮捕されて牢屋に入れられたことがあるんですね。そんな人の代表作に、あろうことか「ふりん」が隠れてしまっていることに気付き、やっぱりこれは使わないわけにはいかないだろうという興奮を抑え切れませんでした。なんというシンクロニシティ。まあ白秋の時代には現在の意味で使われる「不倫」という言葉はまだなかったのだけれど、こういう不思議な偶然にアナグラムの魔力を見てしまうわけです。

 この「アナグラム短歌」の例を見てもらえれば分かる通り、アナグラムは「定型」を利用したタイプの言葉遊びなのである。使える文字がすでに決められて制限されているから、組み換えてパズルのようにかしゃかしゃとはめ込んでいくことが最高に楽しい。そして「定型」というルールがあるからこそ、期せずして制作者のリズム感や音の響きへのセンスが丸裸になってしまうことがある。出来上がったアナグラムは一見ふざけたものに見えるし実際ふざけているのだけれど、そこから読み取ることの出来る情報は実は結構シビアなのだ。なにせ制作者の言語感覚が、容赦なく試されるのだから。何が言いたいのかというと、「アナグラムバトル」に敗北するのはわりと悔しいということです。ちなみに負けた相手は歌人・小説家の雪舟えまさんの旦那さんでした。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー