ドラマや映画、舞台にひっぱりだこの俳優・佐藤二朗さん(54)が、2023年6月に初のコラム集『心のおもらし』(朝日新聞出版)を刊行した。コラムでは、フォロワー数200万人超を抱えるTwitterでもおなじみの「妻」への溺愛っぷりや息子の面白い発言に加え、俳優としての演技への想いなども綴られている。ここでは同書より、「暗黒の20代」を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)

佐藤二朗さん(撮影=石川啓次/文藝春秋、スタイリスト=鬼塚美代子/アンジュ、ヘアメイク=今野亜季/A.m Lab)

◆◆◆

「風呂なしアパートで生活費は1日1500円」の下積み時代

「ええ、もちろん。下積み時代も良き思い出です」

ADVERTISEMENT

 テレビ画面に、そう答えた落語家さんが映っている。心底うらやましいと思う。僕なんか正直思い出したくもない。「暗黒の20代」と僕はよくそう言っているが、暗くて冷たい澱(おり)にずっと閉じ込められているような感覚だった。

 ただ最近、ふと思う。僕は、こう、なんというか、幸せを感じるハードルが全体的にわりと低い。夕方、息子と手をつないで近所のスーパーに買い物に行くだけで、わりと充分な幸せを感じる。オレンジ色の空を息子と眺めながら、「あぁ、もうこれでいいな」……いや、いくない、いくない。そんな老成したことを言うような歳でもない。もちろん、向上したいとか、貪欲なところもある。しかし、些細なことで幸せを感じるのは、「暗黒の20代」があったからかもしれない。そしてその20代の時に知り合い、今も大事にしている人が何人もいる。

 当コラムで前にも書いたように、映像で俳優をやり出して僕は今年で20年だ。ここはひとつ、下積み時代を遠慮なく思い出してみよう。遠慮なく、下積み時代を自慢してみよう。 

 もうね。とにかく、金がなかったマジで。マジでマジでマジで。当時一緒に住んでいた彼女(今の妻)から「食費、交通費含め、これでなんとかしのげ」と1日1500円を財布に入れられた。バイトを終えて当時の最寄り駅を降りると、逆さにしたビールケースを椅子代わりにしてるような大衆居酒屋があったが、そこで呑むのが夢だった。家路につく僕の財布はいつも残りは数百円で、たとえ安く呑める赤提灯だって敷居がとんでもなく高かった。

 当時住んでいた、いわゆるボロアパートには当たり前のように風呂がなかった。エアコンもない。お湯も出ない。芝居の稽古で夜遅くなったら一大事。近くの銭湯が深夜1時までだったから、それに間に合わなければその日は風呂に入れない。ちなみにその銭湯は、毎日必ず「次の定休日は〇月〇日ですぅ~」としつこいくらいに言う、いつもニコニコしているご高齢の女将さんが番台だったのだが、そんなことはいいんだが、とにかくその銭湯の営業時間に間に合わなかったら一大事。冬ならまだしも、ただでさえ汗っかきの僕だから真夏は大変。エアコンないし。