伊調馨と栄コーチ 「利」から生じる人間関係
「義」の対義語は「利」だという。利害・利欲・私利などの「利」である。今週のスクープ「伊調馨 悲痛告白 『東京五輪で5連覇は今のままでは考えられない』」は、「利」から生じる人対人の葛藤がうかがえる記事だ。
今年1月、日本レスリング協会幹部らの不祥事が記された告発状が、内閣府の公益認定等委員会に提出される。それを作成した弁護士は「五輪出場選手を含む複数の協会関係者から依頼され」たものだと取材に答えている。
そこには協会の強化本部長で伊調選手の恩師ともいえる栄和人氏によるパワハラも記されていた。栄氏といえば、オリンピックのたびに吉田沙保里ら選手たちに肩車される姿がおなじみの代表チームのヘッドコーチである。
伊調選手は中京女子大(現・至学館大)のレスリング部時代、監督である栄氏の自宅で下宿生活をしながら指導をうける。いわば栄氏と寝食をともにする間柄であった。それが栄氏の元を離れ、東京に練習の場を移すと、練習場を出禁になるなどの仕打ちをうけるようになる。なんだか「能年玲奈」の事務所独立後の騒動のような話である。
なぜそのような決裂といえる事態になったのか。
記事は北京オリンピックの2ヶ月後に開かれた世界選手権をその端緒と見る。この大会で協会は、放映権料としてテレビ局から1億円を受け取ることになっていた。しかし伊調選手と姉の千春選手が怪我のため欠場する意向を示すと、それが6000万円に減額されることに。そこで栄氏はふたりに出場するよう説得するのだが、叶わずに終わる。すると協会内部から「恨み節」が聞こえるようになったという。
主君は領地をあたえ、武士は主君のために出陣するのが中世の「御恩と奉公」ならば、協会は練習場をあたえ、選手は協会のために大会にでるのがスポーツ界のそれのようだ。そこにあって 、カネのために出場を迫られた者と、説き伏せられずに面子を潰した者が行き違っていったのか。放映権料という「利」が生んだ悲劇とも取れる。