上田さんは「この前のように、2階の屋根で助けを待つわけにはいきません。早く逃げるしかない」と語る。ただ、「洪水は予測できる災害です。早め早めに行動すれば、ちゃんと逃げられる」とも話す。
上田さんの家は平屋建てだ。被災前は2階建てに住んでいたが、浸水で解体せざるを得なくなった。「妻が他界して独り暮らしになっていたのに、2階建ての広い家はもう必要ない」と、平屋建てでの再建を選んだ。
これだと、新しい浸水想定どころか、前回並みの浸水でも逃げ遅れたら命はない。怖くはないのだろうか。「真備町に住む限り、どうせ浸かるのだから、平屋であろうが、2階建てであろうが、逃げるしかないのです。逆に言えば、早く逃げたら、どうってことはない」と言い切る。
高齢化が進めば、避難に介助が必要になることも
実は真備町では平屋で再建する高齢者が増えている。「逃げ遅れたら、命はない」と覚悟のうえだ。
80代の夫妻は「子供も出て行って帰って来ないのに、年寄りの夫婦だけの家に2階建てなど要りません。階段の上がり下りでケガをする確率と、2階まで水没する確率では、ケガの方が高いのではないでしょうか。平屋で充実した暮らしを満喫して、逃げる時は早めに行動に移す。そのために散歩など体力作りもしています。2階に垂直避難して汚水を飲みながら水が引くのを待ち、これがきっかけで体調を崩して亡くなった人もいます。早く逃げるのが一番なのです」と口をそろえる。
ただ、高齢化が進めば、避難に介助が必要になることもあるだろう。上田さんは「そのためにも、顔の見える範囲で小さなグループを作り、声を掛け合って逃げることが大事だと思います。防災は対面が基本。避難訓練も地域でまとまってやらなくてもいい。むしろ小さなグループで避難訓練をしてはどうでしょう」と提言する。
妻だけでなく近所付き合いのある3軒全員が逃げ遅れる
上田さんの他にも、隣近所のグループで逃げてもらおうと、呼び掛けを始めた人もいる。
高杉学さん(67)だ。箭田地区は16の小さな単位に分かれており、そのうちの一つで自主防災組織の会長を務めているのだ。活動の原動力になっているのは、西日本豪雨の苦い経験だ。
あの夜、高杉さんは真備町の隣の総社市にいた。夜勤で会社に詰めていたのだ。
雨の降り方が激しいので、上田さんと同じく小田川の水位が気になった。テレビのデータ放送では観測点の水位が流れていて、これを注視していた。
「午前0時すぎ」というから、上田さんが高馬川の土手が崩れ始めるのを目撃した後のことだ。