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 川の状況が危険な気がして、自宅に1人でいた妻に電話した。だが、妻は意に介さなかった。「明日は仕事があるから、もう寝ないと」と言って、電話を切った。

 それから2~3時間して、妻から電話があった。「庭の方がおかしい」と言う。次に電話をしてきた時には「玄関まで水が来た」と話した。それからは早かった。犬を連れて2階に上がると、すぐに1階の天井まで水没した。

 高杉さんは明け方、勤務を途中で切り上げて、自宅へ向かった。だが、もう近づけなくなっていた。近所付き合いのある3軒も誰一人逃げておらず、全員が取り残されていた。

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 高杉さんは、近くでゴムボートを持っていた人から借り、妻の救出に向かった。3軒の家族も救い出し、避難所へ向かおうとしたが、近くのアパートや市営住宅に取り残されている人がいると知って、そちらにボートをこいだ。夕方までに計約20人を救出。恐怖に足がすくみ、ボートにすら近寄れない高齢者は背負って水の中を歩いた。工具を借りてベランダの柵を外し、そこから救出した人もいた。

情報伝達の難しさと近所で声を掛け合う大切さ

 新しいハザードマップで高杉さん宅は10m以上浸水する。今度は2階に上がっても助からないだろう。どうすればいいのか。

 昨年、高杉さんは地元の自主防災組織の会長に就任した。それまで防災に関しては全くの素人だったが、1年間かけて勉強を重ねた。そうしていくうちに見えてきたのは、情報伝達の難しさと、近所で声を掛け合って避難する大切さだった。

 そこで、LINEに入ってもらう取り組みを始めた。

「LINEをしていない人もいるので、5軒に1人ぐらい入ってもらいたい。その人が近所に声をかけて回れば情報が伝わるし、一緒に逃げることもできる」と考えた。

 だが、取材した時点で入ってくれたのは、約250軒の地区のうち、たったの26人だった。「少しでも人数を増やそうと努力しているのですが、なかなか難しくて」と話す。

住民の防災意識の違い

 さらに、近所で声を掛け合って逃げてもらおうにも、高齢化が進んでいて対処できるかどうか分からなくなりつつあることも分かってきた。

「5年前にうちの近所で一緒に取り残された3軒も、1軒は高齢の女性の1人暮らしで、被災後に家を解体して施設に入りました。残りはうちも含めて全て年金暮らしです」

 さらに難しいことがある。約250軒の中には、5m以上浸かった家もあれば、まったく被災しなかった家もあった。「被災したかしなかったかで、住民の意識は大きく違います。浸からなかった家には、防災の取り組みがなかなか伝わりません。でも、新しい浸水想定ではそうした家もかなりの高さで浸水します。どうやったら危機感を持ってもらえるか」。課題は極めて多い。