市街地が10m以上の深さで水没する--。恐るべき浸水想定のハザードマップが全戸配布された岡山県倉敷市の真備町。西日本豪雨から5年が経過し、水害の記憶が薄れ始めていた人々に緊張感を呼び起こした。だが、想定浸水深は前回被災時の2倍以上だ。無事に逃げられるのか。真備町で防災の核になっている人々はどう対処しようといているのか。
あの夜、川の土手が崩れ始めるのを目撃した人がいる。上田啓二郎さん(73)だ。
河川の水位を気にして何度も見に行っていた
上田さんは真備町に7つある地区のうち、中心部の箭田(やた)に住んでいる。「箭田まちづくり推進協議会」では中心的な存在で、防災と防犯に取り組む「すくらむ班」の取りまとめ役だ。「スクラムを組んで地域を守ろう」というのが班の合い言葉である。
そうした活動をしていることもあって、災害が予想されるような時には、地域内の見回りを自主的に行うのが常になっていた。
2018年7月6日もそうだった。
前日から停滞した梅雨前線に、暖かい湿った空気が流れ込み、西日本の各地は記録的な豪雨に見舞われていた。上田さんが気にしていたのは、河川の水位だ。
真備町は岡山三大河川の高梁川が隣接して流れているほか、支流の小田川が低地を貫流している。特に小田川は箭田地区を貫いており、もし氾濫が起きればただでは済まなかった。
何度も河川の状況を見に行き、午後11時半すぎにも堤防の上を車で走った。
川面に目をやると、水位は堤防の天頂まで50cmほどに迫っていた。
「決壊する!」取り急ぎ、山の方へ避難
だが、上田さんは「この降り方なら、ギリギリで切り抜けられるのではないか」と思った。そうして胸を撫で下ろした時のことだ。小田川の表面を水が逆流して来たように見えた。水位が一気に上がる。
バックウオーター(背水)現象が起きたのだった。支流の水位は、本流の合流点の水位まで上がる性質がある。高梁川の流域には累計400mmもの雨が降った地区があり、既に中流部では氾濫が起きていた。下流部の真備町では氾濫こそ起きなかったものの、小田川の水位を一気に上昇させた。
バックウオーター現象は、本流とその支流だけに起きるのではない。そのまた支流でも起きる。
箭田地区には小田川の支流・高馬川があった。上田さんはちょうどその合流点に差しかかった時、小田川の水が勢いよく高馬川に逆流しているのを見た。そして、みるみるうちに高馬川の土手を崩していく。