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堀井 女子アナアイドル時代の終焉くらいの時期でしたね。私も運のいいことにバラエティ番組の中で使ってもらっていたんですけど、「たぶんこれ、長くないだろうな」というのはかなり早い段階から感じていました。

――それは、社会の風潮的なことですか?

堀井 社会の風潮とかは考えていなくて、自分の行く道として、このままバラエティに出続けることに疑問を感じていました。毎年新しいアナウンサーが入ってくる中、“若い女子アナ”としてやれるのは何年かな、というのは思っていましたね。

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かつてはコンプレックスだった自身の“声質”

――そんな中で堀井さんは、昔から教科書などで慣れ親しんでいた“音読”、「ナレーション道」を突き詰めようと思ったそうですね。

堀井 宇野淑子さんという大先輩のアナウンサーがいて、その方は自分のやりたいことを突き詰めている方で、サハリン取材に自費で行ったり、ジャーナリストとしても高い評価を得ていました。そういう先輩のもとで育ったので、「アナウンサーとして社会のためにできることって何だろう?」みたいなことはうっすら意識のどこかにありました。

 入社当初から読みの仕事は好きだったのですが、イスラム教を取り上げた難解なドキュメンタリーにトライさせてもらった時、実力の無さが露呈して愕然としました。これじゃあこの先のキャリアはないぞと。

 

――最初はバラエティのナレーションを担当することが多く、可愛らしい声質だったそうですね。

堀井 そうですね。だからバラエティものはたくさん声をかけていただけるんですけど、本丸のドキュメンタリーとか紀行物とか、2時間びっちり歴史を語るようなものは全然担当させてもらえなくて、声質はコンプレックスでした。

 なので、自分で声を落として削っていくような訓練を重ねて、ナレーション技術を上げるためにレッスンに通ったり、結構なお金を投資していました。

――“読み”のスキルアップと同時に、堀井さんは久米宏さん、永六輔さんといったカリスマともお仕事をご一緒されてきました。印象に残っているエピソードはありますか。