※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2023」に届いた原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】ウエハラアズサ 広島東洋カープ 46歳。

東京生まれ横浜育ちのカープファン。連ドラの公式アカウント中の人・ライター・ナレーターもするテレビ番組プロデューサー。「乗れば着く」の信条の元、気軽に試合やキャンプに遠征に行きがちだが、カープにもらう感動で遠征費は実質無料だと言い張る。永遠の推し選手は大野豊&達川光男バッテリー。

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 年末の大掃除で、とてつもなくエモいものを見つけてしまった。ラベルに「達川光男引退試合」と書かれた、1本のVHSテープである。

©ウエハラアズサ

 1992年10月4日。あの日、16歳の私は横浜高島屋の食料品売り場にいた。前年の日本シリーズでカープファンになってから1年。関東在住で新規ファンの私は、毎日スポーツ新聞を読み、テレビやラジオで情報収集をしていた。なのに知らなかった。初の推し選手である達川光男の引退を。

 食料品売り場で買い物をする母の傍らで、ウォークマンのラジオ機能を使い、広島vs巨人最終戦を聴いていた私。アナウンサーのとんでもない一言が耳に飛び込んできた。「達川は、この試合をもって引退となります」。

 いやマジで聞いてない。ちなみにダチョウ倶楽部の「聞いてないよォ」が流行語大賞を受賞したのは、達川引退の翌年、1993年のことである。私は母を放置。ダッシュで帰宅しテレビをつけ、VHSデッキのRECボタンを押した。

 そんな思い出のVHSテープが出てきたのだ。しかし、ビデオデッキはとうの昔に動かない。仕方がないので、業者に依頼しデータ化。約30年ぶりに引退試合を再生してみた。

引退試合の達川光男

二元中継だった引退試合

 映像は、20時5分、7回ウラのカープの攻撃から始まった。2−6でカープが勝っている。名残の雨というには降り過ぎな程ザーザー降りの中、試合はハイペースで進んでいるようだ。バッターボックスには背番号5、町田公二郎である。対戦相手・巨人のピッチャーは、その後『明石家サンタ』の常連となる木田優夫だ。と、ここでカメラが横浜スタジアムに切り替わる。なんと、この日のフジテレビは、広島市民球場と、横浜スタジアムの横浜大洋vs阪神27回戦の二元中継を行っていたのだ。当時の野球人気を窺わせる。

 晴れた横浜スタジアムは5回ウラ、2−0で阪神が勝っている。バッターは背番号3、今や解説者でおなじみの高木豊だ。対する阪神のピッチャーは、後に寿司職人に転身して渡米した猪俣隆。追い込まれたものの、持ち前の選球眼でフォアボールを選ぶ高木。ノーアウト満塁である。そんな最高潮の盛り上がりにも関わらず、カメラは再び広島市民球場に切り替わった。達川が、人生最後の打席に立つ瞬間が来たのだ。

 代打で起用された達川は、最初は笑顔でバッターボックスに入っていた。ところが、主審や巨人のキャッチャー・村田真一に何か声をかけられ、あっという間に泣き顔に。そして1球目を打ち、バットを折りながらのボテボテのショートゴロ。アナウンサーは言った。「市民球場のファンは知りません。達川がどうして涙を流しているのか知りません。まだ引退のアナウンスがありません」。

 なるほど、やはり突然の引退表明だったのか。当時の私がこの実況を聞いて納得したのかは記憶にないが、とにかく泣きながらテレビにかじりついていたことはよく覚えている。

 一方の横浜スタジアムは、2−2の同点に追いついていた。さあ逆転か!?という場面で、またもや画面は雨の広島市民球場に。先ほどから、大洋ファンなら許せないであろう切り替えの連続だ。

 カープはいつの間にか8回表、ワンナウト二、三塁のピンチを迎えていた。ピッチャーはまだ痩せている佐々岡。もちろんキャッチャーは前の回に代打で出た達川だ。バッターは篠塚。篠塚利夫から篠塚和典に改名したのがちょうどこの年だ。ここで、令和ではまず成立しないプレイを見ることとなる。

 佐々岡が投げたワンバウンドの球が、篠塚のバットに当たって一塁ベンチ方向に転がる。それが何故かワイルドピッチとされ、1点献上してしまったのだ。達川は選手人生最後の抗議をするも認められず、失点となってしまった。リプレイ検証が無い時代だからこそのミスジャッジである。この回のジャイアンツの攻撃は、この1点に終わった。

 ここで初めてCMが入った。リンス・イン・シャンプーのリジョイ。リンス効果がアップしたらしい。ジャン=クロード・ヴァン・ダムが、「眠気スッキリ!」と言いながらロッテのブラックブラックガムを掲げている。缶コーヒーJIVE のCMには俳優の細川俊之。数年後には、日本人初のメジャーリーガーとなった野茂英雄と、ドジャースのラソーダ監督がCMに起用された、あのJIVEだ。