本で美味しそうな表現を読むとなんてことないと思っていた食べ物を急に美味しく感じてしまう。柚木麻子さんの「BUTEER」を読んだ後なんて醬油バターごはんばかり食べるようになってしまった(太った)。食べるときに脳で表現をなぞると(黄金色に輝く、信じられないほどコクのある、かすかに香ばしい豊かな波がご飯に絡みつき……)甘美な快感がやってくるんですよね。

©犬山紙子

 料理をしないバカ舌の私ですらそうなんだから、料理上手で美食家で読書家の友人はさぞ読書で食欲がむらむらと湧くんじゃなかろうか。そう思って話を聞きに行ったのです。

「私が好きなのはまず、昭和を代表する女優沢村貞子さんの『わたしの献立日記』。日々の献立が主な具材まで書いてあるのだけど、その献立にむらむらくる」

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 献立にむらむら……? あそうだ、確かに給食の1ヶ月の献立表眺めるの楽しかったや。「クリスマスにはケーキがでるんだな」とか「デザートにみかんはいいね」とかお楽しみが詰まっている感じ。

「魚が続いてるからそろそろ肉にいくかな? と思ったら鳥の唐揚げで『待ってました!』ってなったりね、『え、おやつに甘酒はなくない?』って思ったり、勝手に参加してる気持ちになるの」うんうん。食卓に混ぜてもらう、贅沢な疑似体験。

「サラダをとっても『サラダ(レタス、柿、バナナ、キウィ、トマト、りんご)』みたいにフルーツを乗せてしゃれてるのも好き。へえ、この食材にこの食材を合わせるんだとか、いつか作ってみようかなとか。食事と味を妄想するのがすごく楽しい。眺める楽しみがそこにはあるんだよね」私も様々なコーディネートが載ったファッション誌を眺めるのが好きなのだけど、その感覚に近いのかも。「その組み合わせ面白い!」なんて着るわけでもないのに脳にストックしてむらむらくる感じ。

「献立からその人の生活が見えてくるのも楽しいよ。女優と夫の食卓。1日の流れも少し見えたりしてね。沢村さんは朝ごはんをきちんと作って食べているんだけど、私はそんなきちんと生活していないからそれにもすごく憧れて。で、最終的に沢村さんがかわいくて抱きしめたい(笑)」

 私も献立に目を通してみた。手打ちそば(かまぼこ、ねぎ)お好みずし(まぐろ、ひらめ、のり)味噌汁(とろろ芋の千切り)……。凄い、意識してなかった具材が急に輝く感じ。さらに献立を指でなぞり口に出して読んでみる。余計に食欲が湧いてくる。献立のお経とか唱えちゃったら毎日のご飯が色めくのかも。