ナイトゲームのプレーボールを数時間後に控えた神宮球場。近隣のコブシ球場で試合前の練習を終え、ひとしきりファンサービスに応じたヤクルトのピッチャーたちが、神宮のコンコースを抜けてクラブハウスに引き揚げる途中で足を止める場所がある。
「ちょっと待っててくれないか。サインしてくる」
今季からチームに加わったディロン・ピーターズも、練習後に話を聞こうと声をかけると、そう言ってその「場所」に立ち寄る。それが神宮球場の右中間スタンド下のコンコースにあるオフィシャルグッズショップ「神宮球場外野店」だ。
「クールだよ」
「クールだよ。アメリカでもファンにサインすることはあったけど、売ってる商品にサインしたことはなかったからね。アメリカだと個人のグッズってあまりなくて、せいぜいジャージー(ユニフォーム)ぐらいなんだ。でもここにはいろいろある。いつもサインしているのはあのタオルだけど、他のアイテムにサインすることもあるよ。ファンの人が買ってくれたらいいね。オネガイシマス!」
そう話すように、練習終わりにこのショップで自筆の名前がプリントされた「選手直筆フェイスタオル」にサインする“日課”を、ピーターズ自身も楽しんでいる。たまに早めに練習を切り上げると、開店準備が始まっていないこともままあり、そんな時はシャッターの閉まった店舗を見ながら「まだ開いてないんだ……」と残念そうな顔をする。
この習慣は何もピーターズだけのものではない。同じようにクラブハウスに戻る途中で足を止め、自身のタオルにペンを走らせる投手は何人もいる。野手は大学野球との併用日などを除いて基本的に神宮のグラウンドで練習を行うため、このエリアに足を運ぶことはまずないのだが、ショップのスタッフによると「髙津(臣吾)監督もサインをしていかれたことがあります」という。
タオルを包むビニールの上から選手がサインをした商品は店頭の棚に並べられ、他の商品と同じように開門時間から販売される。購入は1人につき1点に限定されているが、「けっこうすぐになくなってしまいますね。開門と同時にダッシュで買いに来られるお客様もいらっしゃいます」とスタッフは話す。
レジェンド投手や監督もサインする企画の仕掛け人
サインをしていく顔ぶれはだいたい決まっていて、時にはそこに“大物”が加わる。ここまで現役最多のNPB通算185勝を挙げている“レジェンド”石川雅規である。
「カズがけっこう書いてるんで、その流れでやるようになりました。“日課”ではないですが、できる時はやるようにしてますね」
石川の言う「カズ」とは、巨人からヤクルトに移籍して3年目、今季は開幕から守護神を務めている田口麗斗(27歳)のこと。中継ぎとしてチーム2位タイの36試合に登板(8月1日現在)している木澤尚文も「主催者は田口さんなんで」と言うように、この習慣はもともと田口が始めたものだったという。そこで本人に聞いてみると──。
「せっかくいろんなグッズがあるので、何か特別なものにできたら」
「そうですね、僕が2年前にヤクルトに来てからです。せっかくいろんなグッズがあるので、何か特別なものにできたらと思って。今日しか来られないファンの方もいらっしゃると思うんで、そういう方にも買ってもらえるように。最初は僕が始めたんですけど、自然とみんなもやるようになりましたね」
狙いはもちろん、ファンに喜んでもらうため。「もうそれ以外ないです」と言い切る。もっとも田口のファンサービスはこれにとどまらない。