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敵をやっつけて、英雄になるゲームばかり遊んできたから

 これを読んでいるあなたも、そう思っている。あなたは仕事のプロジェクトに判を押す。すてきなあのひとに愛を打ち明ける。子供に海水浴を教える。この文章への意見を書いて、SNSに投稿する。なぜ、そうするのか。そうしたほうが、面白いからだ。

 それで、無辜のひとびとが家を追われ、殺される。

写真はイメージです ©AFLO

 そのとき、どんな感じがするのか、わたしはそれを生きたことがないから、わからない。逃げるんじゃなくて、敵をやっつけて、英雄になるゲームばかり遊んできたから、わからない。

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 たぶん、つらくて、悲しくて、しんどいのだろう。生き延びたところで、失ったものが多すぎる。なにもかもめちゃくちゃにしたくなって、そのうちの何人かは、いつの日か、実際にそうするだろう。それで、またたくさんのひとが死んで、憎しみが繰り返されて、人類は共食いで滅びるだろう。

キーウ市内のこの場所でロシア人の反体制ジャーナリストが迫撃砲の直撃を受けて死亡した。女性用の小さな鉄パチ(防弾ヘルメット)が転がり、近くには花束も供えられていた 撮影・宮嶋茂樹

 ほんとうの英雄とは、誰か。

 戦わずに、逃げたひとである。

 あるいは、愛する故郷にとどまって、誰かに銃を突きつけられても、殴られても、暴力を返さずに、そこから動かなかったひとである。敵兵にパンとスープをふるまい、背中をさすってやり、こんなことはもうやめて、きみの故郷に帰りなさいと、言葉ではなく愛で、伝えたひとである。銃を持ったお兄さんたちに取り囲まれても、手元の携帯ゲーム機から顔を上げなかった、内気で頑固な少年たちである。

 こんなことをいくら書いたって、この戦争は終わらない。

 それがいやで、もう書くのがいやになったから、終わりにする。

 たまたま、『方丈記』が手元にある。一文を引いて、終わりにする。

「吹き迷ふ風にとかく移り行く程に、扇を広げたるが如く、末広になりぬ。遠き家は煙に咽び、近きあたりは、ひたすら、焔を地に吹きつけたり。空には灰を吹き立てたれば、火の光に映じて、遍く紅なる中に、風に堪へず、吹き切られたる焔、飛ぶが如くして、一二町を越えつつ、移り行く。その中の人、現し心あらむや。或は、煙に咽びて倒れ伏し、或は、焔にまぐれて、忽ちに死ぬ。或は、身一つ辛うじて遁るるも、資材を取り出づるには及ばず、七珍万宝、さながら、灰燼となりにき。その費えいくそばくぞ。」