卒業旅行前日という地獄のタイミングで破局
――目標にしていたアナウンサーの夢に敗れ、絶望の西澤さんですが、さらに追い討ちがかかったそうですね。
西澤 当時付き合っていたのが、テレビ局に就職が決まった人だったんです。彼は研修が始まって「ここがつらかった」とか相談してくれるんですが、私にとってはそれさえ羨ましく、悔しい気持ちになっちゃって。「なんで希望していた就職先に受かっているのに、そういうこと言うの」と言い合いになったこともありました。
それでも私は時間が解決すると思っていたんですけど、相手はそういう環境に耐え切れなくなって。向こうから別れを切り出されました。思い出すのもつらいんですが、仲の良い友達と卒業旅行に行く前日に、彼と会う約束をして一緒にいたんですけど、その夜に別れようって言われて。
――西澤さんにも卒業旅行に行く友達にも地獄のタイミング……。
西澤 もう大泣きでした。そのタイミングでまさか振られるとも思っていなかったので。その日の夜は寝られずにベランダで1人体育座りしながら、ずっと明け方まで泣きました。
次の日、広島に旅行に行ったんですけど、もう目もぱんぱんに腫れているし、友達は私の失恋話を卒業旅行中ずっと聞かされる(笑)。牡蠣が好きなので、もう食べてやる! という気持ちで1人で2皿ぐらい食べたら、気持ち悪くなっちゃって。旅行どころじゃなくなってました。
――泣きっ面に“カキ”ですね……。アナウンサーはキー局でなく、フリーの道もあったと思うんですが、なぜそちらを選ばなかったんですか。
西澤 大学時代にミスコンをきっかけに芸能事務所に入って、学生キャスターの仕事をやっていたんですが、現実的に考えた時に、今の自分の仕事量ではやっていけないなと感じたんです。
大学を卒業したら自立して、何をやるにも自分のお金でやりくりしなさいという親との約束もありました。自分できちんとお金を稼ぐことができる道に進まなきゃいけないと考えた時に、私の実力ではフリーアナウンサーとしてでは絶対に食べていけないと、当時実感したんです。そこで、何かしらの形でアナウンサーの仕事をやるという何の保証もない希望だけを持ちつつ、本業は別の企業にしようと自分を納得させていました。
撮影=杉山拓也/文藝春秋
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。