2023WBCで見事世界一に輝いた侍ジャパン。優勝に導いた栗山英樹監督の隣で、作戦の準備に奔走していたのが城石憲之コーチだ。彼は栗山監督や侍ジャパンの選手たちとどのように信頼関係を築き、コミュニケーションを取っていたのだろうか?
ここでは、城石コーチが2023WBC侍ジャパンのベンチ内で起きていたドラマを綴った『世界一のベンチで起きたこと 2023WBCで奔走したコーチの話』(ワニブックスPLUS新書)より一部を抜粋。城石コーチが感じた、栗山監督と大谷翔平の“信頼関係”を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
◆◆◆
9回ウラ、ツーアウトランナーなしの緊迫した場面
2023年3月21日の夜、アメリカ・フロリダ州マイアミにあるローンデポ・パークは、異様な雰囲気に包まれていました。
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2023決勝、日本対アメリカ戦。3ー2と日本が1点をリードして迎えた9回ウラ、ツーアウトランナーなし。マウンドには大谷翔平。バッターボックスには、メジャー最高打者マイク・トラウトがいます。
あとアウトひとつで日本が念願の世界一奪回、しかし1発が出れば同点という緊迫した場面、カウントは3ボール2ストライク。
内野手に守備位置を指示する。試合展開に応じて交代選手に準備を指示し、栗山英樹監督に選択肢を進言する――それらが内野守備・走塁兼作戦コーチとしての僕の仕事でした。でも、今やるべきことはありません。ロサンゼルス・エンゼルスの僚友2人、メジャーの頂点にいる2人の勝負を見つめるだけです。
いつもの僕なら、トラウトが出塁した場合、その後に起き得ることを考えているところですが、それもしませんでした。
翔平がこの勝負に勝って、試合が終わることしか想像していませんでした。打たれるんじゃないかとか、四球を出すんじゃないかとか、そんなイメージはまったく浮かんでこなかったのです。
2012年秋、ドラフト会議で「指名しないでほしい」と言った大谷
そこから遡ること1カ月前、宮崎での代表合宿のこと。栗山監督が僕と2人で話しているときに言いました。
「WBC決勝戦。最終回のマウンドには“ある投手”がいて、ガッツポーズしているイメージがあるんだよね」
それが誰とは言いませんでしたし、僕も聞きませんでしたが、漠然と「翔平なのかな」と思いました。
「日本のプロよりもメジャーリーグへの憧れが強く、マイナーからのスタートを覚悟の上でメジャーリーグに挑戦したい」
2012年秋のドラフト会議に向けて、翔平はNPB各球団に対して、指名されても入団交渉に応じないので指名しないでほしいと伝えていました。