2023年3月22日、前回大会優勝のアメリカを3-2で下し、3度目のWBC優勝を果たした侍ジャパン。国内外から有力選手が結集したチームをまとめあげた栗山英樹氏は、激闘の中、どのような思いで采配をふるっていたのか。
ここでは、同氏の著書『栗山ノート2』(光文社)の一部を抜粋し、優勝前後の知られざるエピソードを紹介していく。(全2回の2回目/前編を読む)
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尽己
8回裏の攻撃は、2アウトから山田が四球で出塁しました。山田は盗塁に成功して2塁へ進み、打者の源田はサードゴロを打ちました。源田はアウトになりましたが、微妙なタイミングだったのでリクエストをしました。
9回表に登板する翔平のために、時間を取ったのではと言われました。正直に告白して、そうではありません。ベンチからでは見えないことがあるのです。
1点を争う際どいゲームです。セーフの可能性があるのなら、リクエストをしないわけにはいきません。一人ひとりができることのすべてをやり尽くさなければ、勝利の女神は、いや、野球の神様は、絶対に勝たせてくれません。
私がリクエストをしたことで、翔平はむしろリズムを乱したかもしれません。ブルペンから出てくる足が、一瞬止まったように見えました。心のなかで翔平に謝りながら、でも、やり尽くさなければいけないことは分かってくれるだろうとも思っていました。
リクエストは認められず、8回裏の攻撃は終了しました。
私は球審に告げました。
「ピッチャー、大谷」
翔平をマウンドに上げた瞬間、DHは解除されます。他のポジションを守れば打席に立つことはできますが、投げながら打つことはできません。投げさせるタイミングを見定めたのはそのためで、抑えたら世界一という状況で送り出すのが理想です。1点差という厳しい状況ではありますが、リードして任せることができました。
「心配」ではなく「信頼」できるかどうか
さあ、翔平、頼んだぞ!
捕手の中村悠平とは、過去2度の登板でバッテリーを組んでいません。サイン交換の確認だけでもできたら、という話もありましたが、5回から1回にひとりずつ継投したので、そのための時間を確保してあげられませんでした。
それでも、与えられた条件で戦い抜くのが翔平です。私は心配していません。
危惧があったとすれば四球です。ここ一番で期待に応えるのが翔平ですが、気持ちが入り過ぎて、力み過ぎて、ということがファイターズ在籍時にありました。
監督とは、つねに最悪のケースも想定します。だからこそ四球を心配したのですが、アメリカでアメリカをやっつけるところまで来ているのです。この場面にふさわしいのは、「心配」ではなく「信頼」です。徹頭徹尾信じられるかどうかです。