追いつかれると打順が回る可能性のある吉田を下げ、センターのヌートバーを吉田が守っていたレフトへ移し、センターに牧原を入れます。より守備を強固にしました。ヌートバーは1次ラウンドからセンターをやってきましたが、「レフトでも大丈夫、任せろ」と力強く守備についていきました。
9回裏の攻撃を考えるのではなく、9回表で終わらせる。大一番だからこそ、リスクを背負ってでも方針をはっきりさせる。どうなってもいいように、という中途半端で自分勝手な良いところ取りを画策すると、結果には結びつきません。私なりの経験知のひとつです。
9回表の2アウトでチームメイトであるトラウトと対戦
マウンド上の翔平は、引き締まった良い表情をしています。ボールも良い。
しかし、先頭打者を歩かせます。最後のボールはベンチからはストライクに見えました。翔平は表情を変えず、次のベッツに対峙します。ここ一番で勝負強さを見せる選手です。
ベッツが打つイメージが脳裏をかすめ、それを追い出すように「大丈夫だ、翔平」と心のなかで叫んでいた瞬間、セカンドゴロが飛びます。4―6―3の教科書どおりのダブルプレーです。これで2アウトになりました。
良し! と呟いた刹那、トラウトが打席に向かうのが見えました。
エンゼルスのチームメイトである翔平とトラウトが、WBCで相まみえる。それも、決勝戦の、3対2で迎えた9回表の2アウトで。
こんな場面を作れるのは、野球の神様しかいません。
トラウトのバットが空を切り、ゲームセット
5年前、世界一の選手になれると信じて、翔平をメジャーリーグへ送り出しました。彼が紡いできた物語のクライマックスのひとつとして、この場面が用意された気がしてなりませんでした。
1月6日に12人の選手を先行発表した会見には、翔平が同席していました。彼は「勝つことだけを目ざす」と、繰り返し話しました。彼自身の強い意気込みは、私への意思表示でもあったのです。
監督、分かっていますよね、世界一になりますよ、本気で狙いますよ。
翔平にそう言われている気がしました。
それだけに、世界中の野球ファンが見守ったトラウトとの勝負も、私は翔平が勝つと確信していました。3ボール2ストライクになり、翔平が6球目を投じます。私はトラウトのスイングしか見ていません。空振りしてほしいときはいつもそうするように、回れ! まわれ! マワレ! と口に出していました。
そして――。トラウトのバットが空を切りました。
ゲームセット!
世界一!
よっしゃー! と叫びました。あとはもう、夢見心地でした。記憶がところどころ抜け落ちているような感じです。