当時は乾いた未舗装道路だったので、トラックの後ろにでもついたら砂埃で視界が真っ白になる。幸いこのときは、乗り合いタクシーである中古の日本製ステーションワゴンとすれ違っただけなので、窓を全開にしてなかなか快適な旅だった。
やがて、うっすら埃をかぶったフロントガラスの向こうに橋が姿を現した。その手前の左側に中肉中背の人影が見える。あ、黄色いヘルメットだ。オレンジのベストも着ている。手にしたスコップを持ち上げて、乗せてくれと言わんばかりである。ペルー人学生が「満車でーす!」と声を上げた。さあ、橋を通り過ぎるやいなや、車内はあの男の話題で持ち切りとなる。
「おー本当にいたねえ!」
「え? あれが強盗? ただのヒッチハイクじゃないの?」
「いやいやこのあたりのどこに工事現場があるっていうのさ(笑)」
モロを出てしばらくすると…
そこから数キロ先にあるモロの町は、果樹園と畜産業が盛んである。とろとろに柔らかくなった煉瓦サイズの巨大なブタ肉塊の煮込みを頬ばっていると、黄色いヘルメットの男のことなど皆どうでもよくなってくるのだろう。料理と遺跡の話題ばかりになる。食後はさらに奥地で3カ所の遺跡を巡り、またモロに戻って一服し、帰途についたのは午後4時近かった。往路と比べて皆の口数があきらかに減っている。よく食べた上に炎天下を歩き回ったから眠くなって当然である。
モロを出てしばらくすると、またあの橋が見えてきた。このあたりの記憶は定かではないが、たぶん誰もあの不審者の話をしていなかったはずである。それぐらい遺跡とブタ肉塊の刺激が強かった。そして橋を渡るとすぐ、あの黄色いヘルメットの男が立っていた。今朝と全く同じ格好で、スコップを上げてヒッチハイクする姿が車の右側を流れていった。
車内でどんな話題になったのか覚えていない。ただやはり強盗だったとわかった気がした。だいたいこの炎天下、近くに日陰もない乾いた谷底である。ただのヒッチハイクがこんな場所で6時間も待つなんて正気の沙汰ではない。とはいえ、強盗だとしたら少しのんびりしすぎではないか。
貧しくてお腹が空きすぎて頭が回らなかったのだろうか。いや単にこの強盗は近くの集落に住んでいて、お昼ごはんは家に戻って食べたんじゃないか。いや岩陰にお弁当と水筒を隠していたのかもしれないな。そんなこんなを想像しながら運転していたら、いつの間にか宿舎のあるネペーニャの町に戻っていた。同乗者たちは皆うつらうつらしていた。