常に危険と隣り合わせ、秘宝をめぐって冒険活劇を繰り広げる「インディ・ジョーンズ」のような考古学者は、フィクションの中にしか存在しないのだろうか。いいや、考古学の調査は「けっこう命がけ」なのである。
ここでは、3人の考古学者が海外で発掘調査をしていて体験したエピソードを振り返った『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』(ポプラ社)より一部を抜粋。著者の1人、柴田幸一郎さんが「強盗らしき男」とすれ違った体験を紹介する。(全3回の3回目/#1を読む)
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犯罪への警戒
日本人でも米国人でもそしてもちろんペルー人でも、ペルーで発掘調査をしている考古学者なら犯罪被害を未然に防ぐ工夫をあれこれ凝らしている。私が最も警戒しているのは、発掘作業員への給与支払いである。
地方の農村などでは銀行口座を持たない者が多いので、現金で週払いする。ということは、金曜に多額の現金を持ち歩くことになるから、そこを狙われる。犯罪者は事前に獲物の行動パターンを調査しているのである。
我々のところより治安の悪いエリアとはいえ、某国の考古学調査団が狙われて測量機材などを奪われた話を聞いていたから、私はできるかぎり行動のパターン化を避けてきた。支払いを遅らせて、通常は休日である土曜に払ったこともあったが、たいていは前倒しにした。思い切って水曜に払ったこともある。これは作業員から好評だった。先払いするということは、信頼することでもある。こんなふうに扱われたことはないと喜んでくれた。そして信頼に応えて仕事を頑張ってくれた。
近年はSNSにも気をつけている。調査中にリアルタイムの情報発信はやめたほうが良い。そのように関係者にもお願いすることにしている。公開アカウントから発信されようものなら、どこで犯罪者の目にとまるかわからない。とりわけ田舎では「日本人金持ち神話」が残っているから厄介である。
ペルーの人々は行く先々に応じて警戒のレベルや対象を変更
日本でもネットで有名になった「恥の壁」(注:首都リマ南東部にある、高級住宅地ラス・カスアリーナスと貧困層が暮らすパンプローナ・アルタ地区を隔てている全長約10キロメートルの壁)が象徴しているように、ペルーはコントラストの激しい国である。あのような貧富の格差だけではない。治安の良し悪しもまた、同じ国内とは思えないほどである。
国連薬物犯罪事務所による統計資料を見れば、地域差は一目瞭然である。私が発掘調査を行うアンカシュ県は、どちらかと言えば治安が良い方である。しかしその内部にもコントラストがある。
港湾都市チンボテは、クセになる魅力を持ってはいるが、こと治安面では他人にオススメし難い。一方で、そこから車で小1時間の距離にある小さなネペーニャの町は、玄関に鍵もかけずに外出する住民がいるような町である。