みんなの心の中に、それぞれの“アレ”があった
それでは何故、今年の「第二次アレ」がここまでのムーブメントになったのか。
今の現役のタイガースの選手は誰一人、岡田監督と一緒に2008年の屈辱的なV逸は経験してはいないはずなのに。
いや、2008年と同じように優勝が手からスルスルとすり抜けていったシーズンがあった。
記憶に新しい、2021年である。
そう、2年前、阪神タイガースは強かった。
佐藤輝明選手が入団し、オープン戦ではホームラン王。中野選手もレギュラーを掴み、サンズ、マルテもホームランを量産。他球団のファンには「また勝ってるやん。毎日勝ってるやん」と言われるまでに絶好調だったのだ。
ただ、後半戦で主力選手の新型コロナ感染での離脱等もあり、結果、ゲーム差0での2位というなんとも悔しいシーズンとなった。2008年に勝るとも劣らない僅差、そして逆転負けである。
そうなのだ。
内容は違うが、今の若いタイガースの選手達も同じように「悔し過ぎるV逸」を経験していたのだ。
そして少なからずあったのではないだろうか。
俺たちは「優勝を意識し過ぎたのかもしれない。」と。
そこに「アレ」という言葉がやって来た。
それは馴染む。
気持ち良いくらいに。
あんな思いは2度としたくない。
次は絶対に優勝のチャンスが来たら取りこぼしたくない。
その時にどっしりと普通に自分達の野球がやりたい。
監督は2008年。選手は2021年。それぞれの苦い過去を繰り返さない為に「アレ」というおまじないが必要だったのだ。
では僕たちファンはどうだろうか。歴にもよるが、僕自身は2008年、2021年、どちらのV逸も経験している。
まぁその間にも惜しい年はいくつもあったのだが、そんなことが薄れるくらいに阪神ファンにはどうしても脳裏にこびりついて離れない「恥ずかしい言葉」が二つある。
「Vやねん!」と「あかん阪神優勝してまう」
である。
2008年、独走状態でこのタイトルの雑誌が発売されてから巨人に大逆転され、2021年もこのタイトルの特番が放送されてからヤクルトに大逆転を許した。
局や出版社が悪いのでは無い。
浮かれていたのだ。我々ファンが。
しかも二度も。
そして二度も経験して、いい加減、痛いほど分かったのだ。
「調子乗ったらあかん」
「もう優勝するまで絶対はしゃがへんで」
「優勝なんて口にしたら恥をかくだけ」
そんなところに「アレ」という魔法の言葉がやってきた。これが不思議。なんて便利な言葉だ。
優勝やVって言わなくて良い。そしてこの言葉を使うと、調子に乗らない。いや、乗れない。
「アレ」と聞く度に、文字を見る度にしっかり思い出すのだ。
あの二度のV逸を。
油断していた自分達の愚かな姿を。
今貯金いくつある?2位とのゲーム差は?
あほか。もっと差が開いてて負けたやないか。
油断するな。2度と。
何がマジックやねん。そんなん関係ない。
優勝なんて口にするな。
絶対に意識するな。
思い返せば、今年の阪神ファンは謙虚を通り越してネガティブでさえあった。
本当に常に危機感を持っていたし、貯金がいくつあろうと、3連敗なんてすりゃ
「もう終わりだ。」
「結局今年も駄目か。」
となっていた。
まぁそれはそれでどうかと思うが、少なくとも調子に乗ってるファンは現地でもSNSでもほとんどいなかった。これは異常である。調子に乗ったら同じ阪神ファンに怒られるという空気さえあった。それが物凄い歪なファン同士の一体感を生んでいた。
さぞ、他球団のファンは喋りづらかったに違いない。
「阪神強いねー」なんて言われても、みんな「いや…まぁまぁ、でもオタクのチームも良いよね…」と言って話を逸らしたりするんだから(笑)。
そして今年は優勝するまでは今年は特番も無かったように思う(見ないようにしてたから気付いてないだけ?)。局も反省したのもあるだろうし、優勝という言葉を封じられてはなかなかやり辛い。
そしてやってしまった暁には、阪神ファンに何を言われるか分からない(笑)
そう、これら、どれか一つが欠けてもここまでの「アレ」ムーブメントは無かったように思う。
2008年に悔しい思いをした岡田監督、そしてさらに当時現役選手としてそれを経験した今岡さんら現コーチ陣。
2021年に涙を呑んだ近本選手、大山選手をはじめとする今のタイガースを引っ張る主力選手達。
そして一度のみならず二度も調子に乗ってしまった僕たちファン一同。
監督の「アレ」
コーチの「アレ」
選手の「アレ」
ファンの「アレ」
報道陣の「アレ」
同じ「アレ」でもそれぞれ少し違う。
少し違うけど効果はほぼ同じ。「意識するな。」
これらみんなの「アレ」が重なる事により、球団を飛び越え他球団側のテレビ中継です阪神の話をする時は「アレ」と言わなくてはいけない事態にまで発展した。
ここまで一体となるともう誰も意識しない。油断しない。する隙がない。
今年、ポジションコンバートや、ワンストライクからの代打、投手へのバスター等、他にも数え切れないほどに冴に冴え渡った岡田采配。
そう考えると、もしかしたら「アレ」という言葉でさえ、選手やファンや報道陣への名采配だったのかもしれない……。
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