一度の手術で3人の命を奪った執刀医
悲鳴と言えば、時に患者ではない別の人から発せられることもあった。
「ウエストエンドで一番速い執刀医」と呼ばれた、ロバート・リストンを紹介しよう。
リストンは伝説的な人物で、1840年代のスコットランドにおいて、手術室では外科医兼エンターテイナーでもあった。彼が切断手術を行うときは、大勢の学生たちが見学に集まったほどだ。リストンはたまに上下の歯でメスを噛んだり、見物人に向かって「みなさん、時間を計ってくれ。さあ」などと大声を上げたりした。
見物人たちは時間を計った。リストンの手術は速かった(彼の切断手術は、メスを入れてから傷口の縫合まで3分とかからなかった)。手さばきがあまりに速すぎて、誤って患者の睾丸を切り落としたこともあったという。
またある時には、手術中に誤ってアシスタントの指を数本切り落としたこともある(アシスタントは患者の脚を押さえていた)。さらに見物人の1人は、リストンのメスでコートを切られ、あまりの恐ろしさにショック死した。不運にも、手術を受けた患者も亡くなった。指を切断されたアシスタントも、後に指に壊疽が生じて結局は亡くなったという。かくしてリストンは、一度の手術で3人の死者を出したと自慢できるほどの輝かしい外科医へと成長した。
リストンは異様な環境で派手に手術を行ったが、そんなことをしたのは彼だけではなかった。現代的な手術の到来と共に、スター外科医のメスさばきを見ようと、人々が押し寄せたからだ。ロンドンとパリでも、手術はまるでブロードウェーのミュージカルのような扱いだった。見学チケットが販売されたが、おもしろいパフォーマンスをする外科医の見物料は高かった。
数十~数百人の見物人を前に、有名外科医はちょっとしたパフォーマンスをしてから手術を執刀した。外科医は拍手で迎えられながら入場し、手術中も見物人から拍手喝采を浴びた。小説家のオノレ・ド・バルザックは当時、「外科医の名声ぶりときたら、まるで俳優なみだ」とコメントしている。今の私たちには、派手な手術パフォーマンスは想像しにくいが、有名外科医といえば、何人か思いつくのではないだろうか。