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「誤って患者の睾丸やアシスタントの指を切り落とした」一度の手術で3人の命を奪った有名外科医が、それでも人気だったワケ――医療の世界史

『世にも危険な医療の世界史』より #2

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 医療, 歴史

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1日で200件の切断手術を執刀した超速軍医

 四肢の切断手術は、何千年もの長い歴史があり、もっとも一般的な手術と言えそうだ。ひどい怪我で壊疽に蝕まれた脚を目にしたとき、医師は患者の命を救うには切断するしかないと判断したのだ。たとえ切断手術を受けた患者の死亡率が60%以上だったとしても(1870年の普仏戦争時は、切断手術を受けた兵士の死亡率は76%に上った)。

 19世紀に信頼できる麻酔が開発されるまで、患者の悪夢のような苦しみを最小限に抑える方法は、素早く切断することだった。スピードを重視するあまり、すべての組織が一気に切断されるケースが多々あり、「ぶった切り」とか「ギロチン手術」などと呼ばれた。この呼び方では怖さが足りないと思ったのか、第1次世界大戦中にフランス人外科医が切断手術を「ソーセージ切り」と呼んだ。切断手術を、ソーセージを半分に切る動作にたとえたのだ。

 残酷に聞こえるかもしれないが、仮にあなたが重傷を負った兵士だったら、やはり怪我をした箇所をソーセージみたいにバッサリ切ってほしいと思っただろう。16世紀から19世紀にかけて、一般的に切断手術は次の手順で行われた。まず、患者が動けないように強引に押さえつけて(患者が心変わりして、起き上がろうとするのを阻止するためでもある)、多量出血を防ぐために脚の主要な動脈に止血帯を巻きつける。外科医はカーブした刃物を片手に皮膚と筋肉を切断し(できれば一度にスパッと)、それからのこぎりで骨を切断する。傷ついた血管は(熱々の鉄か煮えたぎる油、または硫酸を使って化学的に)焼灼するなどして止血し、肉はそのまま放置するか、縫合する。

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 しかもこの手順が、YouTubeの音楽動画を一本見終えるまでに終了してしまうのだ。18世紀のスコットランド人外科医、ベンジャミン・ベルは太ももをわずか6秒で切断した。フランス人外科医のドミニク・ジャン・ラレーはもう少し時間がかかった。だが、彼のために弁護するならば、ナポレオン戦争中に、ラレーは24時間で200件の切断手術を執刀した。実に7分に1人のペースで切断手術をこなしたことになる。

 確かに、早く処置すれば、患者が激痛に耐える時間も短くなる。だが、急ぐと処置がずさんになる。切断した後は肉が縮むため、骨はしばしば肉から突き出たまま放置された。肉の切断面が荒削りだと、治りも遅かった。動きまわりながら急いで四肢を切断すると、メスが誤って別のものを切ってしまうこともある。おまけに外科医の処置がどんなに速かろうが、手術中には身の毛のよだつような患者の悲鳴が響き渡る。