アップルの製品はスマートフォンのiPhoneにしてもパソコンのMacBookにしても、他社製品に比べて高価である。おまけに選択肢が少ない。グーグルが無償で公開するOS(基本ソフト)「アンドロイド」を採用したスマホは韓国のサムスン電子や中国のファーウェイ、日本のソニーなどから選り取り見取りで、値段も手頃だ。マイクロソフトのOS「ウィンドウズ」を搭載したパソコンやタブロイド端末も同様だ。
独自仕様にこだわるアップルは常に「多勢に無勢」の戦いを強いられ、台数ベースではアンドロイドスマホやウィンドウズPCに敵わない。
しかし、アップルの利益率は圧倒的である。「アップル信者」と呼ばれる熱烈なファンが、モデルチェンジの度に高価な新製品をせっせと買うからだ。株式時価総額ではグーグルやマイクロソフトを抑えて世界一に君臨している。
信仰の対象は言わずと知れたアップルの創業者、スティーブ・ジョブズである。しかしジョブズは2011年、56歳の若さで死んだ。「カリスマを失ったことでアップル製品の魅力はあっという間に色褪せる」。当時多くの評論家がそう言った。
だがジョブズの死から7年、アップルは増収増益を続けている。その理由は、ジョブズの思想を理解した世紀の天才デザイナー、ジョナサン・アイブ(Jonathan Ive)がアップルに残っているからだ。
ロンドン生まれのアイブはニューカッスル・ポリテクニック(現ノーザンブリア大学)で工業デザインを学び、ロンドンのデザインスタジオ、タンジェリンで働いた。そのタンジェリンにアップルがある製品のデザインを依頼し、プロトタイプを作ったのがアイブだった。アイブの才能に惚れ込んだアップルのデザインディレクター、ロバート・ブルーナーの強引な引き抜きにより、アイブは1992年、アップルに移籍した。
アイブの代表作の1つは、ジョブズ復活の狼煙になったパソコンiMacだ。常識を覆す丸みを帯びた愛らしいボディを青い半透明のプラスチックで覆った。まるでお菓子のようなデザインだが、実際にアイブは製菓会社の工場に足を運び、キャンディの包装工程を学んでいる。
丸みを帯びたボディの背面には取っ手がついていた。インターネットの黎明期には企業やオタクと言われる人々しか使っていなかったパソコンが、いよいよ「一人一台」の時代になる。アイブは取っつきにくいハイテクマシンに親近感を持たせるため、取っ手によって「触って」というメッセージを発したのだ。
アイブの名声を絶対的なものにしたのはiPhoneとiPadである。発想の原点は、その頃売られていた携帯電話に「我慢ならなかった」ことだと後にアイブは明かしている。iPhoneが登場するまでの携帯電話には数字を打ち込むためのテンキーをはじめ、狭い操作面に無数のボタンがひしめいていた。取扱説明書を読んでも、どれを押せばいいのか分からない代物だった。
アイブはここに「ミニマリズム」を持ち込む。余分なものを一切排し、必要最小限の中に美を求める考え方だ。iPhoneの操作盤にはボタンが一つしかない。あとはタッチパネルで直感的に操作する。デザインも真っ白な枠に黒い液晶画面というシンプルな構成で、電源を入れるとまるで静かな湖面から浮かび上がってくるかのように画像が映し出される。ジョブズが愛した禅の世界を、アイブはデザインで表現したのである。
アイブはiPhone5で1枚のアルミ板から複雑な内部構造を持つボディを削り出す「ユニボディ」という技法を採用する。航空宇宙産業や防衛産業、高級時計などでしか使われていないこの技法をものにするため、アイブは時計メーカーに通いつめ、機械加工の技術を習得する。
ユニボディを採用するため、アイブはジョブズを説得し1台25万ドルから100万ドルするコンピューター制御の切削加工機械、CNCマシンを2万台導入。設備投資総額は95億ドル(約1兆円)に及んだ。
ジョブズは「テクノロジーとはかくあるべき」という思想の人であり、それをデザインで具現化してきたのがアイブだった。気難しいことで知られるジョブズだが、アイブとは時間が許す限りランチを共にし、テクノロジーの未来を語り合った。それは2人の天才にとって至福の時間だったであろう。