フィナンシャル・タイムズ紙の記者が、多くの企業・組織が悩まされる縦割りの弊害を分析した書籍『サイロ・エフェクト』。日本人読者にとって興味深いのはソニーに関する分析だ。元ソニー・ミュージック社長が本書の評価を語りつつ、内側から見たソニーグループの「サイロ」、プレステ開発秘話、音楽配信ビジネスの裏話を明かす。
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――丸山さんはこの本を出版直後に手に取られたそうですが、どこに興味をお持ちになったのでしょうか。
ソニーについて書いているからですよ。第2章に「ソニーのたこつぼ」とありますが、フィナンシャル・タイムズの記者がソニーをどう分析しているのか興味を持ちまして。
読み始めると冒頭の文章から引きつけられました。
「なぜ現代の組織で働く人々はときとして、愚かとしか言いようのない集団行動をとるのか」(p.6)
この一節は私の長年の問題意識そのものだったからです。私は太平洋戦争が始まった昭和16年の生まれですから、戦争の悲惨さや戦後の混乱を覚えています。だから「なぜ日本はあの勝ち目のない戦争へ突入したのか」という疑問を長い間、抱いていました。
その疑問を解くべく、あの戦争に関する本を何冊も読んできましたが、たとえば「アメリカが日本への石油輸出を全面停止した」「経済封鎖された」といった事実関係は書いてあっても、その先の「では、なぜ?」という肝心な点は曖昧なものが少なくなかった。
ところが、文化人類学の研究者からジャーナリストに転じた著者によるこの本を読んだことで、文化人類学がその「なぜ?」を解き明かす道具になることがわかった。これが『サイロ・エフェクト』を読んだ最大の収穫です。
以前から学問としての文化人類学には関心があって、これまでにもレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』などを読んできました。しかし正直に言えば、ブラジルの少数民族を扱った本の内容がすんなりと頭に入ってきたわけではない。
ところが『サイロ・エフェクト』は、ソニーや私が関心を抱いているマイクロソフト、アップル、フェイスブック、それにUBSといった同時代の企業の問題を取り上げて、文化人類学の手法で分析している。「これは分かりやすいわ」と非常に気持ちよく読めました。これが本書を大いに評価する理由です。
著者のジリアン・テットは研究のためタジキスタンに3年間、暮らした経験もあるそうで、「人類学にどっぷりつかったことのある者は、生涯にわたってインサイダー兼アウトサイダーであることを宿命づけられる」(p.70)と書いています。
身内でありながらよそ者である「インサイダー兼アウトサイダー」という立場は、まさにソニーにおける私の立ち位置そのもの。グループ会社の一員ですから、広くいえばソニーのインサイダーですが、本丸のソニー株式会社の人間ではない。アウトサイダーの視点で、「ご本社さまは、いったい何をしているのかね」と感じることもありました。だから著者の主張には大いに共感できました。
ジャーナリストとしての著者の腕の冴えを感じたのは、第4章「経済学者たちはなぜ間違えたのか?」です。この章では「シャドーバンク」という言葉が生まれた経緯に注目している。世界中の金融市場が機能停止に陥ろうとしているのに、専門家たちは混乱の元凶をとらえることができない。ところが、ある金融機関の社員が「シャドーバンク」というインパクトのある言葉で混乱状態を表現した途端、みんなが理解できるようになった。たったワン・フレーズで複雑な事態の認識が可能になるのですから、言葉の選択がいかに重要かということです。金融危機という複雑な状況を描くとき、ひとつの言葉の誕生に注目したところは、さすがにジャーナリストだと唸りましたね。