フィナンシャル・タイムズ紙の記者が、多くの企業・組織が悩まされる縦割りの弊害を分析した書籍『サイロ・エフェクト』。日本人読者にとって興味深いのはソニーに関する分析だ。元ソニー・ミュージック社長が本書の評価を語りつつ、内側から見たソニーグループの「サイロ」、プレステ開発秘話、音楽配信ビジネスの裏話を明かす。
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――本書ではソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)にも触れています。「SMEの経営陣はデジタル音楽の台頭によってレコードやコンパクトディスクの売り上げが浸食されることを恐れるあまり、他の事業部門と協力することは拒絶していた」(p.89)とある。そのためアップルに敗北したというのですが、音楽のデジタル化が始まったこの時代、SMEの社長を務めていたのは丸山さんです。
この点について、私が推進派か、反対派だったかというのは非常に微妙ですね。
私はゲームの世界にいましたので、デジタル化に関する認識は音楽業界の中でも先頭を走っていました。90年代の前半、SCEアメリカのトップだった私は毎週、サンフランシスコへ出張に行っていましたが、機中で一緒になったインターネット・サービス企業「IIJ」創業者の鈴木幸一さんに、「これからインターネットの時代になれば、CDなんていらなくなりますよ」と、さんざん脅されたこともあった(笑)。
だから私が音頭を取り、日本のレコード会社各社が出資して、アナログ音源をデジタル化してストックする会社「レーベルゲート」を設立しました。レコード会社主導でデジタル化を推進したのは世界でも他に例がありません。
配信に関しても、99年に音楽ダウンロード配信サイト「bitmusic」をスタートさせて、SMEは世界で初めて配信ビジネスに乗り出した。オープニングセレモニーでスタートボタンをポンと押したのは社長だった私です。当時は1曲をダウンロードするのに20分以上かかっていましたので、とてもビジネスにはなりませんでしたが、半導体の性能は18か月ごとに倍になるという「ムーアの法則」にしたがえば、10年もすれば瞬時にダウンロードできるようになると予測はしていました。
とはいえ頭では理解していても、目の前の売上をみればCDの販売収入が圧倒的です。だから10年先に配信の時代がくるという現実感はなかったのが正直なところです。
これでお分かりのように、デジタル化も配信ビジネスについても私は積極的でした。しかしソニー本体は違う見方をしていたかもしれません。
音楽をデジタル化してネットで配信するためには、音声データを圧縮しなければならないのですが、ソニーは当時、広く利用されていた「mp3」という技術ではなく、「ATRAC(アトラック)」というソニー独自の技術をデファクト・スタンダードにしようとしていました。SMEにも「他のレコード会社にもATRACを使うよう求めろ」と言ってきた。
ところが私もアメリカSMEも他のレコード会社も、「mp3のほうが便利だよな」と思っていて、ATRACをデファクト・スタンダードにする活動の手を抜いていたのは事実。だからソニー本体からすれば、ソニーグループ内のソフト会社の協力を得られなかった、ということになるかもしれません。
一方でアップルは使いやすいmp3を採用して、配信サイト「iTunes Store」をスタートさせた。それが勝負を決めたという部分はある。よさそうなものをパッと選択する能力。これも「鼻がきく」かどうかという問題で、そのころのソニーには、自分たちの技術にこだわる空気が充満していましたね。