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なぜアップルに負けたのか。ソニー・ミュージック元社長が見た「サイロ」(後編)

『サイロ・エフェクト』 (ジリアン・テット 著/土方奈美 訳)

genre : エンタメ, 読書

note

サイロの中にいることを自覚してほしい

――本書には「アップルはアップル製品だけでなく、他社製品のユーザーでも利用できるプラットフォームを設計した。ソニーのデジタル音楽端末が独自技術にこだわっていたのとは対照的だ」(p.91)とある。

 独自技術へのこだわりは、プレイステーションの成功が大きく影響しているのです。プレイステーションはソニーが開発したプラットフォームですから、ソフトを制作するにはソニーの許諾が必要です。いわばソニーはビルのオーナーで、そこで商売しようというテナントさんから家賃がバンバン入ってきた。だから久夛良木と私は、ソニーの社内をデカい顔して歩いていました。すると私たち以外の人間は、「あんちくちょう、俺たちだってやってやろう」となる。だから独自規格にこだわった。

 規格やプラットフォームを握った者が天下をとる。こうした覇権争いは1983年に任天堂がファミコンを発売したときから始まっており、アップル、フェイスブック、最近でいうとLINEにも言えることです。

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――いま丸山さんは『サイロ・エフェクト』を音楽業界の後輩たちへ薦めていると聞きました。

 音楽ビジネスに関わっている人間がサイロの中に閉じこもっているからです。「これまでの体制を破壊して次のビジネスモデルへ移行しなければならない」と、私は以前から口をすっぱくして言ってきました。

 私がソニー・ミュージックの社長を2年足らずで辞めたのは、デジタル化、ネット化によって、従来のビジネスモデルが崩壊することが予見できているのに、体制の変革を嫌う人が多かったからです。だからSMEに残っている既存のビジネスで生きてきた人と一緒に自分が身を引いて、次世代が変革できるような道筋をひこうと考えた。

 ところが私が辞めてから15年も経っているのに、まだ既存のビジネスモデルで食えると思っている人が多い。危機感が足りないのです。

 いまもCDが売れているとはいえ、それはAKBやジャニーズといったごく一部で、しかも彼らはグッズ販売で収益をあげるビジネスモデル。ファンはCDもグッズのひとつだと思っている。

 ところが、「売れているのはグッズ」と言ってしまえば、「音楽は売れていない」ということになるから、音楽ビジネスの人間は、「CDはまだ売れている」と、自分で自分を騙している。

『サイロ・エフェクト』を薦めるのは、「いま自分たちがいる場所がおかしい」ということを分かってほしいからです。このまま後輩たちが食えなくなるようになるのもツラいので。

 とはいえ直接、苦言を呈するのはエネルギーがいるから、「この本を読んでくれ」と言っているのです。読めば心ある人間は、自分たちがサイロの中にいることを自覚するでしょう。

 この本の1行目にこうあります。

「なぜ、私たちは自分たちが何も見えていないことに気がつかないのか?」(p.6)

 気がついていない人は音楽業界以外にもいるでしょう。はたして自分はどうなのか。それを考えるためにも、手に取ってほしい一冊です。

丸山茂雄(まるやましげお)

1941年、東京都出身。68年、CBSソニーレコード創業と同時に入社。78年にEPICソニーの設立に参加。同社をロック専門レーベルとして成功させる。手がけたアーティストは佐野元春や小室哲哉、Dreams Come Trueなど多数。音楽業界では「ロックの丸さん」と呼ばれた伝説的な人物で、98~2000年にはソニー・ミュージックエンタテインメント社長を務める。また、ソニー・コンピュータエンタテインメント設立時の副社長として、久夛良木健氏とともにプレイステーションを世に送り出した。父はがん治験薬「丸山ワクチン」の開発者、丸山千里博士。

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