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 病院に着いた。処置は終わっていて、ムツさんは、ICUで管だらけになっていた。

「見て、肺からこれだけの水が」

 スタッフが1リットルぐらいある、血が混じった水を見せた。

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ムツさんの肺から取出された水は、驚くほどの量だった

 娘ムコ、ツヨシは、ムツさんの肺から取出された水を、しげしげと見つめていた。それは、大型のメスシリンダーのような容器に入れられ、鮮血が混じっていた。ツヨシは、その量の多さに驚いていた。

 彼は、馬が好きで、ムツ牧場の場長をしている。だから生きもののいろいろな臓器に水がたまることを知っていた。その都度、獣医にきて貰い、抜いて貰っている。一番多かったのが、肩の異常だった。大きくふくれ、見ただけで分かった。

「あ、これはひどい」

 と、獣医は太い注射針をつけた道具をぶすりと突きさし、中の水を抜いたものだ。 

 それでも、200CCぐらいだ。だけど、今度のムツさんのものは、一升ぐらいあった。義母に聞いたところ、丸裸になってもだえていたというが、さぞ苦しかっただろうと思った。

 道理でと、思いもした。今回、病院へ行こうとツヨシが言ったら、やけに素直に、「うん」と答えた。こんなことは、初めてだった。義母はムツ氏のことを、

“ヤセ我慢のコンコンチキ”

 と言うけれど、いつだったか、朝、馬の世話をしていて足に乗られ、指を骨折したことがあった。ムツ氏は、ふんと鼻で笑い、行くぞと、予定していたゴルフへ出かけた。シューズがはけないので、骨折した方は、はだしだった。マネージャーに話し、はだしでプレーする許可を貰ったのはツヨシだった。そして、その次の日、アマゾンのロケに旅立ったのである。

「チクショウ、こんなもの!」

 と毒づき、3サイズ大きなクツを買って、ぱこん、ぽこんと音をさせて歩き、あくまでも平気をよそおっていた。

©文藝春秋

心臓にペースメーカーを埋めることに

 病室にいたスタッフが、さっと緊張した。 

 その中央を、小柄な男が入ってくる。主治医だった。

 彼は、ツヨシに向かって言った。 

「えーと、ご家族の方ですか」 

「はい。義理のムスコです」

「それは、抜き出した水です。それから、心臓の方、冠状動脈に軽い梗塞がありましてね、処置をしておきました」

「有難うございます」 

「肺炎を起こしてましてね」

「そうでしょうね。コンコンチキですから」 

「え?」

「あの、すみません。うちでは、そう呼んでるのです。何でもかんでも、ヤセ我慢をするものですから」

「心臓の方が弱ってるものですから、ペースメーカーを埋めなければならないのですが、なに、肺炎の方はすぐよくなるでしょうから、3日後に手術をしましょう」

「はい」

「その夜は、誰かご家族の方にきて貰いたいのです。見張りをかねて、泊まりで」

「分かりました。私か、女房がきます」 

 ツヨシは頭を下げた。