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娘ムコがゴルフ場で目撃したムツゴロウさんの異変

 わが町、中標津町から釧路までは、立派な道道がついている。北海道の道という意味である。直線ではなく、アンデュレーションに合わせて、右や左に曲がっている。

 いい道だ。

 通る度に、ツヨシは目を細めた。起伏の頂点に並ぶカラマツの葉が、金色に輝いていた。

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「元気ならばなあ」

 ふと、そう思った。この道を通って、何度ゴルフへ行ったものか。ゴルフを始めたのは、きっちり同じ日だ。ある日、ムツさんがクラブを持帰り、

「おう、やろう。行くぞ」 

 と、練習場へ行った。ムツさんという人は、つくづく面白いと思った。

「うん、ほおー、うん、うん」

 何度も頷き、懸命にボールを打つ。一球打つ度に、感心する。面白いよ、これ、と感心した口調で言い、コースよりも、練習場の方が面白いと断言した。

 やめたのは、ほぼ10年ほど前だ。フッツリやめた。それ以来、テレビでゴルフの中継などは観るが、自分では、クラブを握ろうとしなかった。

 やめた日、ツヨシは一緒にいた。

 ティーアップをした。フュンとクラブを振った。ところが、とんでもないミスショットで、ボールはティーから転げ落ち、4、5センチ転がっただけだった。

 ムツさんはというと、うーん、とわけの分からない声を発し、ゴルフバッグにすがりつき、肩をふるわせていた。

©文藝春秋

左の胸が、異常に変な反応をしていた

「大丈夫? 痛いの、肩、肩ですか」

 ツヨシがのぞきこんだが、何も言わなかった。このムツという人物は、腕がとれたって痛いとは言わないのを、ツヨシはよく知っていた。

 ムツさんの左の胸が、異常に変な反応をしていた。最初、例の肩の古傷か、と考えた。以前、ゾウに腕をひねられ、逆をとられ、振りまわされたことがあった。その後遺症だと。

 だいたいムツさんは、負けず嫌いだった。一緒に始め、背も高いし、筋力にも優れているツヨシに、飛距離がかなうわけがない。しかるに、ようしそれではと、長尺のクラブを購入してきた。48インチのクラブを振りまわし、ほうれ、飛んだあとご満悦だった。

 左の痛みは、どうしようもなかった。ドライバーを振ると、中の肺までが遠くへ飛んでいってしまう感じがした。

「これは、いかん!」

 無理をすると、とんでもないことになるという予感がした。それで、ピタリとやめてしまったのだった。

 ツヨシは思う。

「あれだけ好きだったのになあ」 

 と、道道を常々と走った。