「逃げ恥」に描かれる“結婚”との違いとは?
なぜ「向井くん」はリアルなのか? なぜ、強い共感を呼ぶのか。それは、現代において、「モテるからといって、結婚に結びつく恋愛ができるわけではない」という問題が浮かび上がってきているからだ。このドラマは「モテるからといって、結婚できるわけじゃない」という、現代特有の問題を扱っている。
たとえば、2016年に放送されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)は、「草食系男子」の津崎平匡(星野源)と、職がない森山みくり(新垣結衣)の契約結婚の物語だった。このドラマの面白さのひとつは、「草食系男子」=つまりモテないし恋愛に興味もない男性と、いかに円滑な結婚関係を作り上げるか、という主題にあった。
ワンナイト相手からプロポーズ、元カノとは何度もキスを重ね…
一方、向井くんは決してモテないわけではない。行きつけのお店でアルバイトをする年下の女の子から積極的にアプローチされたり、かつていわゆる“ワンナイト”と思しき関係を持った相手から「結婚してみませんか?」とプロポーズされたり、10年前に別れた元カノには再会直後に自宅へ招かれ、復縁を果たしている。ちなみに赤楚演じる向井くんと、生田絵梨花が演じる元カノ、藤堂美和子が何度もキスを重ねるシーンはネットでも話題になっていたが、そのやりとりがごく自然に見えることからも“モテる側”の男性であることがよく分かる。
女性からモテるはずの向井くん。では、彼はなぜ結婚に至らないのだろうか。それは彼が、「自分がどういう結婚をしたいのか」を言葉にしないからだ。
「向井くん」は、会社で先輩に可愛がられそうな、とても素直な人間である。
憧れの先輩が「いい時計買って、家族を守っていく覚悟を決める」と言ったら、自分も倣っていい時計を30歳で買う。新人の時「今は仕事を頑張る時期だから、彼女とか少しくらい我慢してもらえば」と言われれば、彼女との旅行を蔑ろにして、仕事の付き合いを優先する。後輩が「あの子可愛いですよね、狙おうかな」と言った女の子を、意識し始める。「向井くん」は、周囲の男性が「これはいいぞ」と薦める欲望を、素直になぞっているのだ。
しかし彼は、ひとりで女性と対峙したときに立ち止まる。周囲の薦める人生ではなく、自分がどういう人生を歩みたいのか、どういうパートナーを求めているのか、そしてどういう家庭生活を送っていきたいのか。言葉にできないのだ。
彼はどんな女性がタイプで、どんな女性と結婚したいのか――自分の欲望を理解することができない。