「えっ? 私、負けたの?」
大阪地裁の大法廷。一段高い正面の席で裁判長が判決を読み上げた瞬間、原告席の雅子さんはあっけにとられて口をぽかんと開け、周囲に目を泳がせた。同時に、傍聴席から一斉に「ええ~っ!」と驚きの声が上がった。
「そうか、やっぱりそうなんだ。私、負けたんだ…」
きょうは勝てると信じていたのに。弁護士の先生たちもみんなそう言ってくれていたのに。徳地淳裁判長は、傍聴席の騒ぎがまるでないかのように判決理由の朗読を始めた。雅子さんはじっと耳を傾けたが、裁判長が語る理由はどこかで覚えがある。そうだ。国が裁判で主張してきた内容そのままだ。「国の書面をコピペしたんや」と代理人の弁護士。じゃあ裁判官と国はグルだったの? それじゃあ裁判なんか意味がない。そう思うと耳に膜がかかったようになり、周囲の音がはっきり聞こえなくなった。目も霞がかかったようによく見えない。法廷が抗議の声で騒然とする中、雅子さんは傍らの弁護士につぶやいた。
「先生、さっきから気分が悪くて…」
そう言うなり椅子から滑り落ちるように床にしゃがみ込んだ。弁護士がいたわるように手を差し伸べる。だが裁判長は雅子さんの様子を気遣うそぶりを見せず、ひたすら文面を読み上げ続け、法廷を後にした。後には床にくずおれた雅子さんと代理人の弁護士が残された。傍聴していた記者の一人がペットボトルの水を差し出した。雅子さんはその水を一気に飲み干したが、車いすが運ばれてくるまでその場を動くことができなかった。
赤木雅子さんの期待を裏切った2つの裁判
法廷で倒れたのは赤木雅子さん(52)。夫、赤木俊夫さんは財務省近畿財務局の国有地を管理する職員だったが、森友学園との国有地取引を巡る不正な公文書改ざんを上司に強要され命を絶った。雅子さんは、国と、国有地管理に責任を持つ財務省理財局のトップだった佐川宣寿(のぶひさ)元理財局長を相手取って提訴。その裁判の過程で、財務省が大阪地検特捜部の捜査で任意提出した資料を開示するよう求めたが国は拒否。そこで情報開示を求める裁判を新たに起こした。その一審判決が言い渡されたのが9月14日のことだ。
一方、国と佐川氏を訴えた裁判では、国が事件の背景を一切説明することなく、賠償責任だけを認める「認諾」というほとんど例のない手法で裁判から離脱。後には佐川氏相手の裁判が残されたが、「公務員は職務上の行為について個人責任を問われない」という理由で一審は敗訴。その控訴審の審理が情報開示の判決の前日、9月13日に同じ大法廷で行われた。しかしここでも雅子さんが求めた佐川氏の法廷での尋問はかなわなかった。