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「うーん、50代前半」

 僕と片手で数えるほどしか変わらない50代前半、と言われてうなずくことができなかったのは、自ら裸になった久美さんを見て衝撃を受けたあとにこの質問をしたからだ。痩せほそった体も、人生の年輪といわれる肌のシワも、すべて経年劣化が顕著で少なく見積もっても60歳以上だと容易に推測できる。であればこそ、サバを読む久美さんについてどう考えるか。

 それは奇妙な時間だった。「見えないですね」とお世辞とも皮肉ともとれる言葉を続けた僕に対して久美さんは、「本当はもう少し上」とはぐらかすだけで、サバを読んだことへの言い訳もしない。若さで負けたくない。自分の年齢を認めたくない。心理はいくつも想像されるが、いまさら実年齢を知って逃げ出すはずもないのに「本当はいくつなんですか?」と話をふっても苦笑するだけだ。

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「そろそろ頃合いですね」と言い、久美さんが僕を風呂場へ誘う。いつもはデリヘルのマニュアルにあるように客の体を洗ってあげているのだという。久美さんがフリーの立ちんぼ経験しかないとするならば、この段階で買春客に対するもてなしなどしないのではないか。

想像を超える「久美さんの人生」

 いそいそと風呂場へ行こうとする久美さんを制止して、目的はあくまで取材であることを伝える。改めて久美さんの話を聞こう。

 僕は久美さんがいつもは風呂場で客の体を洗ってあげていると聞いて、こんなふうに思っていた。街娼はソープやピンサロ、出会いカフェやパパ活アプリでの売春に至るまで、数多の風俗を経験した女性が最後に行き着くとされている商売だ。いまや高齢者を雇ってくれるデリヘルも少なくない。だから風俗経験は豊富でも、路上歴は浅い。おそらくや近年、コロナの影響で風俗からあぶれた果てに──。

 しかし久美さんが話した自分の半生は、僕の想像をはるかに超えるものだった。