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小笠原慎之介が意識する「松坂大輔」

 キャンプで小笠原はとことんストレートを投げ込んだ。「もっと下半身を使って投げないと」「もっとフィニッシュ以外は力を抜かないと」。小笠原は常にどうすれば強い真っ直ぐが投げられるかを考えていた。菊池の助言が響いたようだ。

「1年目に岩瀬さんに『右手で投げろ』と言われた意味もやっと分かりました。左手を振ろうとすると力む。でも、右手を引こうとすれば、勝手に左手が走ってくれるんです」。嬉々として解説する小笠原が微笑ましかった。

 砂肝もつくねも食べ終わった頃、ふと疑問が湧いた。なぜ、そんなに開幕投手になりたいのか。小笠原はまだ3年目。菊池の「ストレートを磨け」というアドバイスは素直に受け入れているが、「焦る必要はない」という忠告には少し逆らっている。左腕はニヤリと笑った。「僕、せっかちな性格なんで」。そのふてぶてしい態度は頼もしい。しかし、感心している場合ではない。私は踏み込んだ。

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「開幕投手になりたい理由は?」

 小笠原は低い声で答えた。「2年後には入ってくるんですよ」。意味が分からない。「2年後?」

「そうです。大学に進んだ同い年の連中がプロに入ってくる。その時には圧倒的な存在でいたい。差をつけていたい。だから、今年、開幕投手になりたいんです」

 声が大きくなった。客は落ち着き、店内は静かになっているというのに。「誰か意識している同級生がいるのかい?」「いや、特に」「では、なぜ?」。疑問が続く。

「松坂さんです」。また意味が分からない。「松坂大輔?」「そうです。松坂さんは圧倒的でした。春夏連覇して、いきなりプロでも活躍して。だから、松坂世代というフレーズが生まれた。若狭さん、小笠原世代って言葉あります? ないでしょ。僕がまだまだなんです」。目が鋭くなった。

「今年、対戦したいバッターは?」

 小笠原は刺激を受けている。あの菊池とあの松坂に。菊池+松坂=小笠原。考えるだけでゾクゾクした。そして、聞いた。「今年、対戦したいバッターは?」「そうですね……」。しばらくして口を開いた。「1人じゃないと駄目ですか?」。質問だった。「別に1人じゃなくても。2人でも3人でも」と返した。「だとすると……」。息を飲んだ。

「広島打線ですね」

 意外な答えにまた驚いた。驚いている場合ではない。間髪入れず、聞いた。

「広島打線をどうしたい?」

「何も言えなくしたいっす」

 どこまでゾクゾクさせるんだ。真っ赤に染まり、大歓声が耳をつんざくマツダスタジアム。敵軍は次々に飲み込まれ、脆くも崩れ去っていくあの場所を、この男は本気で静まり返らそうとしている。 

 3月30日。小笠原が先発すれば、中日球団史上最年少の開幕投手が誕生する。その夜、店の壁にかけられたテレビ画面に背番号11が映るとき、客は釘付けになるだろう。

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