注目すべきは血まみれの惨劇の後、クマがチョウチョを目で追いかける和やかなシーンが挟まることである。今さっき人を殺したばかりの恐ろしいクマではあるが、邪悪なモンスターでは決してなく、本質的には他の生物と同じく自然の法則に従っているにすぎない……という事実を、ユーモラスかつ不謹慎に強調するかのようだ。
同じく「ハイキング中のカップルがクマに襲われるパニック映画」として先行する映画『ブラックフット』(2014)と比べてみても、クマ描写の差は歴然としている。
『ブラックフット』では、大自然をナメてる人間に冷水をぶっかけるような、恐るべき動物=「絶対的な他者」としてクマが重要な役割を果たす。だが一方で『ブラックフット』のクマよりも、さらにぶっ飛んだ危険性を持つはずの『コカイン・ベア』のクマが、どこか親しみやユーモアを感じさせる「愛すべき生命」としても描かれていることは興味深い。ある意味ではこのクマこそが、本作の紛うことなき 「主人公」なのである。
とはいえ(血みどろコメディと言っていい趣きの)本作のクマも、『レヴェナント』や『ブラックフット』の正統派な(?)怖いクマに負けず劣らず恐ろしい存在なのは間違いない。クマパニック映画としての本作の白眉は、やはり中盤の山小屋襲撃のシークエンスだろう。
密室でクマに襲われる恐ろしさと、空間や小道具を活かして命がけでクマに立ち向かうスリル、そして疾走感あふれるド派手なアクションさえ楽しむことができる。この手のパニック映画では、こうしたシーンがひとつでもあればその時点で「合格!!」と太鼓判を押したくなってしまう。ユーモアや愛情を混ぜつつも、きっちり恐怖とスリルをもたらすバランス感は、クマのリアリティ表現にこだわった姿勢の賜物なのだろう。
映画に出ているのは実際の事件のクマとは違うクマ
本作『コカイン・ベア』のクマは、当然ながら本物のクマではなくCGなのだが、『ロード・オブ・ザ・リング』や『猿の惑星』シリーズで知られる「WETAデジタル」という特殊効果の会社によって命を吹き込まれた。制作陣が「ナショナル・ジオグラフィックの自然ドキュメンタリー並のクオリティのクマ」を求めて、できる限りリアルさを追求したというだけあって、動物ファンから見ても相当な実在感がある。
本作のモデルとなった実際の事件で、コカインを食べてしまったクマは「アメリカクロクマ」(=アメリカグマ)という種類なのだが、実は『コカイン・ベア』に登場するクマを造形するにあたって、本作の制作陣はアメリカクロクマを忠実に再現したわけではない。ぶっ飛んだ設定ながらもリアリティを失わないクマを創り出すために、地球に数多く存在するクマの仲間から、わざわざ理想的なモデルを探し求めたという。その結果、白羽の矢がたったのは「マレーグマ」 だ。
マレーグマは主に東南アジアに生息し、アメリカの森にはいないクマだ。クマ科の中では最も小さく、体の大きさもアメリカグマの半分くらいなので、パニック映画の主役をつとめる巨大クマのモデルに抜擢されたとは少し意外にも思える。だが制作陣が注目したのは「見た目からして酔っているように見える」という、マレーグマの「動き」だったようだ。