「コカインでハイになったクマさんが人間をブチのめす映画を作ろう!」などと言おうものなら、「ハイなのはお前だ」と冷たく返されるだけかもしれない。だがこのたび日本公開された『コカイン・ベア』は紛れもなくそんな映画であるだけでなく、実はれっきとした(?)実話ベースの作品である。

 さらに動物倫理や環境問題を巡る、意外にも社会派な要素すら読み取ることができる映画なのだ……といったら驚くだろうか。『コカイン・ベア』のあらすじをざっくり説明しよう。

映画『コカイン・ベア』公式サイトより

大量のコカインを食べてしまったクマ

 1985年のある日、アメリカのジョージア州の森の上を飛ぶセスナ機から、麻薬の運び屋アンドリュー・カーター・ソーントン2世が、コカインを詰め込んだバッグを投げ捨てた。続いて彼自身も(スパイ映画さながら)飛び降りようとするが、うっかり事故って無様に死んでしまう。

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 そして森へと落ちていったコカインをゲットしたのは別の悪人……ではなく、なんと野生のクマだった。クマはエサだと思ったのか、その大量のコカインを食べてしまった! 驚くべきことに、ここまではほぼ現実に起こった出来事である。

 逆に言えば「事実」なのはここまでだ。実際にはそのクマは悲しいことに、コカインの過剰摂取によって死んでしまったのだから……。本作はそんなクマの復讐劇を語るように、(死ぬかわりに)ハイになったクマが人間を次々に襲いまくるという、動物パニックムービーとして獰猛に突き進んでいく。

 全ての元凶の麻薬王とその息子、引退間近の刑事、看護師とその娘&友だち、アウトロー気取りの非行少年たち、パワフルな森林警備隊の中年女性(名女優マーゴ・マーティンデイルの怪演が強烈)など、妙にクセの強い人間たちが、凶暴化したクマとの大自然サバイバル・バトルに巻き込まれていくのだった……。

 

 物語の顛末はぜひ映画館でチェックしてもらうとして、この記事では本作の「クマ」に光を当ててみたい。

『コカイン・ベア』のクマは邪悪なモンスターではなく…

 クマという動物は、親しみやすい愛らしさと、油断ならない恐ろしさをあわせもつゆえに、フィクションの中でもとりわけ両極端な描かれ方をされてきた動物だ。映画でも、『パディントン』シリーズのように人語を喋る可愛らしいクマさんから、『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)のように人肉を貪る恐ろしいクマさんまで、まさに正反対といえる振れ幅を見せてくれる。さて、本作『コカイン・ベア』のクマさんの描かれ方は、一体どうだったのだろう……?

 本作のクマ描写の方向性を表す意味で、冒頭シーンは象徴的だ。ウキウキとハイキングをするカップルが、少し離れた森の中にクマを発見する。動物ドキュメンタリーのいち場面のような、予期せぬクマとの出会いに興奮するカップルだが、よく見るとクマの様子がおかしいと気付き(まさかコカインでハイになっているなど知るよしもない)、こちらに迫りくるクマから逃げ惑う。だが結局は悲惨な運命を迎えてしまう……!