鋭い視点と歯に衣着せぬ文章で独自の世界観を生み出している、文筆家でイラストレーターの内澤旬子さん。長年腰痛やアトピーに悩まされ、「生まれてからずっと、自分が100パーセント元気で健康だと思えたためしがなかった」という内澤さんでしたが、38歳でステージⅠの乳がんに罹患したことをきっかけにヨガを始めました。それ以来、どんどん体調がよくなり、さらには仕事運も開けてきたといいます。内澤さんの身体におきた「奇妙で不思議な」闘病体験を、お聞きしました(前後編インタビュー。#2に続きます)。
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「もうこれでがんばらなくていい」と思った
──2005年に38歳で乳がんのステージⅠと診断された時、「もうこれでがんばらなくていい」と思ったそうですね。
内澤 左胸にくるみ大のしこりを見つけて検査に行ったら、粘液産生がんの可能性が高いと言われ、切除手術を受けました。
「がん」と言われて初めて、それまでの生活がいかにつらいものだったか、気づいてしまったんです。だから、乳房温存も今後の自分の生活も、なにも考えられませんでした。このまま生きていく自信もなく、「だったらここでがんになって、もうそれでいいか」と思って。がんという致死性の病気は、私にとってはむしろそれまでの膠着状態を断ち切る“歓迎すべきもの”だったんですよね。「これが人生の終わりの訪れなら、こんなに清々することはない」とさえ思いました。
──それまでの生活は、そんなにつらかったんですか。
内澤 ひとことで言えば、不安でした。当時は配偶者ともケンカして家出していて、連載も専属の雑誌もありませんでしたから、仕事がまったくなくなることもありましたし、なにをするにもすぐ疲れてしまう虚弱な身体を抱えている不安もありました。がんと診断される前から身体の具合がとにかく悪くて、腰痛やアトピー性皮膚炎などの「病気とはいえない病気」の不快感にずっとつきまとわれていたんです。
──以前にも乳房のしこりを見つけて、がんの検査を受けているんですよね。
内澤 そうなんです。淡々と落ち着いて話が聞けたのは、その2年前、36歳の時に同じ場所にしこりができてパニックになった経験があったからかもしれません。その時は、病気に詳しい知り合いに電話をかけて相談し、マンモグラフィー検査を受けたのですが、白い石化した粒が点在しているものの、「問題なし。経過観察しましょう」と言われて。そのままにしていたら、それが2年後に粘液産生がんと診断されました。