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《難しいというか、考えることが多いのは、山南敬助のような天才と凡人でいったら凡人、身分の高い低いでいったら低い、そういう役のほうですね。というのは、礼儀作法って、下の者が上の者にやるためのルールですから、上の人は基本ノールールでいいわけですね。(中略)沖田総司も『一番強い!』っていう立場である以上、ノールールでいい。なので、なるべく生き生きとしていればいい、と思うんです。でも、山南は違う。集められる資料は全部集めて、新選組関連の本を読んで幕末について考えながら、自分なりの人物像を練っていきました》(『ダ・ヴィンチ』2010年3月号)

©文藝春秋

学者が舌を巻くほどの「下調べ」

『新選組!』に限らず、堺は役づくりのために徹底して下調べを行うことが少なくない。そんな彼を「〈研究のテーマが演技〉の学者さん」と評したのは、映画『大奥~永遠~[右衛門佐・綱吉篇]』(2012年)で共演した現夫人・菅野美穂である(『ピクトアップ』2013年2月号)。

 雑誌での連載エッセイでも、自分が禁煙したのをきっかけに、喫煙が世界史や文化史にどんな影響をおよぼしたか、色々と調べて考察してみたところ、担当の編集者から「難しすぎる」とたしなめられたことがあったという(『CREA』2013年8月号)。堺の主演した映画『武士の家計簿』(2010年)の原作者で歴史学者の磯田道史は、本人との対談でこのエッセイを引き合いに出すと、日本人がタバコを吸い始めた時期をめぐって盛り上がり、「こんな話ができる俳優、いないですよ」と舌を巻いた(『週刊新潮』2010年12月9日号)。

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 もっとも本人に言わせると、調べるのは趣味みたいなもので、作品によっては何も調べないこともあるという。そのひとつがドラマ『リーガル・ハイ』(2012年・2013年)である。それというのも、脚本が十分に信頼できて《役者のつまらない自意識を捨てさせる、圧倒的な世界観がある》がゆえ、《演じるにあたって、僕が足すべきものは何もない》からだという(『ダ・ヴィンチ』2012年6月号)。

「早口」で演技した理由

 同作で堺は、エキセントリックな敏腕弁護士・古美門研介(こみかど・けんすけ)に扮し、早口で罵詈雑言をまくしたてるさまが強烈な印象を与えた。古美門を早口にすることは堺が自分で決めたが、これも《すごく面白い台本なのでどんなふうにしゃべっても絶対面白いものができるという確信》があったからだ(『AERA』2013年10月14日号)。

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 このとき、堺の頭にあったのは昔の日本映画や落語だった。小津安二郎や黒澤明の映画のセリフにせよ、往年の名人たちの演じる落語にせよ、言葉の一つひとつは早くてよくわからなくても、物語はちゃんと伝わっている。それならば早口でもきっと伝わると思い、『リーガル・ハイ』でやってみたのだという。

 じつは大ヒットドラマ『半沢直樹』(2013年・2020年)の福澤克雄監督も、これと同じことを考えていた。福澤は、黒澤映画で脚本を多数手がけた橋本忍から、黒澤監督がセリフをより短く、テンポよくするため、俳優たちに早くしゃべらせていたことを教えられたという。『半沢直樹』でもこれを取り入れようと考えたとき、思い出したのが堺だった。