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『スター・ウォーズ』の「ミレニアム・ファルコン」研究に人生を捧げた男(後編)

「ミレニアム・ファルコン」のユニークなデザインが生まれた理由

2018/03/25
note

「ハンバーガーをモチーフにして、新しい『ファルコン』のデザインを作ってくれ」

―― いやあ、これもかっちょいいデザインですよね。だけど、そんなに言うほど「ブロッケード・ランナー(旧ファルコン)」と似ていますかねえ?

 

鷲見 外観は違うと思うのですが、コクピットとエンジンの位置など基本構造が問題になったようです。騒ぎを切っ掛けにジョージ・ルーカスは、そこで何かひらめいたんでしょうね。スケジュール的にはむちゃくちゃ厳しいのに、「よし、ボツにしよう!」と周囲の驚きをよそに決断。そして、モデルメーカーの中でも卓越したデザインセンスを持っていたジョンストンに「ハンバーガーをモチーフにして、新しい『ファルコン』のデザインを作ってくれ」と指示したんです。

―― 「ハンバーガー型宇宙船」ですか。天才の思いつくことは常人の理解を超えていますねえ。

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鷲見 当時の絵コンテでも、「ファルコン」は「ハンバーガー」と呼ばれていますから、事実であることは間違いない。だけど、ジョンストンも「ハンバーガーそのもの」ではさすがに難しいと思ったんでしょう。ルーカスと話し合って、ハンバーガーじゃなくて、コーヒーカップのお皿を上下逆に重ねた、どら焼きみたいな円盤形をベースにすることにした。

 そこから、再デザインの作業が始まったんです。その具体的な過程については、近く刊行予定の『スター・ウォーズ モデリング アーカイヴII 』(モデルグラフィックス編集部編集、うさぎ出版発行)という本に詳述していますが、ジョンストンが再デザインし、現行のファルコンのデザインを完成させるのに要した期間は、わずか1週間でした。

―― 今見ると、ボツになった「ファルコン(ブロッケード・ランナー)」と、現在の「ファルコン」は、まったくの別物に見えますが。

鷲見 僕自身も最初は、ゼロの状態から改めて再デザインしたと思っていたんですが、調べてみると違っていた。再デザインの作業は、「ブロッケード・ランナー」と円盤の形を重ね合わせ、合成することから始まったんです。そのようにして作成された中途のデザイン画も現存しています。

 1年がかりで形になった元の「ファルコン」が「幼虫」だったとすれば、それがボツになったことで「サナギ」となり、たった1週間でブラッシュアップされて、現在僕らが知っている「ファルコン」という「成虫」になった。サナギから成虫への過程はアゲハ蝶の誕生のように息をのむほど鮮やかで美しく、「超ときめく」っていうか。もしも、ボツになった瞬間から、今のデザインが完成するまでを目の当たりにできていたら、自分自身がどんなに燃えるだろうか、と思うんです。

 「ビートルズ」のポール・マッカートニーも「イエスタディ」のコード展開やメロディーを思いついた瞬間は、「オオッ」「いける!」と興奮したはずなんです。そういう「創造の美しい瞬間」に立ち会いたい。それが僕の「ファルコン」探求の原動力になっています。

飛んでいる時には90度回転して縦型になる「マンボウ」プランもあった

―― 「左右非対称」というのも、その1週間で決まったんですか。

鷲見 実はこれも信じられないような話なんですけど、当初のルーカスの案では、「ファルコン」は飛んでいる時には90度回転して魚のマンボウみたいに縦型になって、コクピットもそれに合わせて回転する、という設定だったんです。

―― 確かに、縦になれば左右対称に近いですね。

鷲見 当時のモデルメーカーも「『ファルコン』のコクピットは回転できるように工作した」と証言しています。だけど、実際に撮影用モデルができあがってみると、縦にせずにそのまま飛ばす方が断然かっこよかったので、ルーカスも縦にする案はボツにした。

 「ハンバーガー」とか「マンボウ」とか言うと笑い話みたいだけど、この2つの要素がなければ、こんな大胆なデザインの宇宙船ができることはなかったんです。

 例えば、SF映画の古典的傑作である『2001年宇宙の旅』に登場する宇宙船「ディスカバリー号」は、「惑星間航行が可能な宇宙船が実現したとすれば、どんな形をしているか」という観点からデザインされています。エンジンには原子力が使われるから、乗員の居住区とエンジンブロックはなるだけ離した方がいい。宇宙船の組み立ては無重力の宇宙空間で行われるから、細長い華奢な構造でも構わない、といった具合です。

 

―― 理屈から導き出された魅力あるデザイン、というわけですね。

鷲見 だけど、そういう考え方からは、決して「ファルコン」のデザインは出てこない。あの左右非対称の機体が実際に旋回したら、コクピットにものすごい横G(加速度)がかかって、「ハン・ソロ」たちはえらい目に遭うと思うんですよ。まあ、『スター・ウォーズ』の世界では、重力は制御できるようですが。

 一見、アンバランスで理屈に合わないデザインなんだけど、全体としてみるとすごく美しくてかっこいい。もちろん、作り手のセンスも良かったんでしょうけど、それだけでは説明がつかない。安っぽい言葉だけど「奇蹟」としか言いようがない。

 僕は本当に、その奇蹟が起きる場に立ち会いたかった。タイムマシンができない限り、実現できない夢ですが、その夢に限りなく近づくことはできるはずです。そのためには、まだまだ分からないことが多すぎる。