この会見はまずいでしょう……と、テレビの前で思わず呟いてしまったのは、至学館大学の谷岡郁子学長の記者会見だ。谷岡学長は、日本レスリング協会の強化本部長で至学館大学レスリング部の監督を務める栄和人氏に対して、伊調馨選手へのパワーハラスメントで告発状が出されたことについて反論した。だが、これが完全に逆効果。共感よりも、世間の反感を買った。
「自分がどう見えるのか」に注意を向けていなかった
芸能人やアスリートの会見と違い、組織のトップやリーダーにとって、会見の失敗は、自身だけでなく所属する組織の評判やブランドを損ねかねない。それぐらい、学長と日本レスリング協会副会長という立場にあればわかっているはずだろうが、会見そのものがパワハラに見えただけでなく、聞いているうちに、「学長によるパワハラもあるのでは?」という疑念が振り払えなくなった。
ではなぜ、学長の会見はそんな風に見えたのだろうか。その理由は、発言内容だけではない。学長が「自分がどう見えるのか」、「発言がどう受け取られるのか」に注意を向けていなかったからだと思う。
経歴を見れば、それも当然のことかもしれない。学長としての長いキャリア、政治家としての経験、日本レスリング協会副会長という立場から、誰もが自分の話を聞き、忖度されるという環境があったのだろう。でも会見は、組織内での発言や講演とは性質が違う。学長はそこに気がつかず、いつも通りマイクの前に座ったのかもしれない。
まずは、感情の表し方だ。「怒りは沸点に達した」と発言した谷岡学長は、その怒りを冒頭から露わにした。公の場であれだけ怒りを露わにできるのは、日常的に人前で感情を露わにしているからであり、マイナス感情をぶちまけても、ぶつけても批判されない立場、許される立場にいるというイメージを与える。
最初から怒りのパワーを全開させたのは、それによって場を支配しようとしたからだ。これはワンマン型のリーダーにありがちなコミュニケーションパターンだ。しかも、この発言によって、気持ちを落ち着かせ、感情を一度クールダウンしてから出てきたという印象がなくなり、怒りが沸点に達したまま会見を開いたように見える。感情をコントロールできないリーダーと思われても仕方がない。
本人は淡々と落ち着いて話しているつもりだろうが……
話し方もマイナスだ。全体的にきつく尊大な口調で、時おり語気を強める物言いは、自分は偉い、自分が正しいと思っている印象を与える。独特の間や抑揚、芝居がかった口調も、人を見下したように思われやすい。おそらく本人は淡々と落ち着いて話しているつもりだろうが、聞いている側にとっては、感情のまま圧力をかけているように聞こえてしまう。
そのような話し方で、栄氏について「その程度のパワーしかない人間」と発言し、声を荒げたのだから反発が出るのも当然だ。組織内では栄氏が部下という上下関係があるのもわかるが、「自分こそがパワーを持っている人間なのだ」という自意識の強さが表れたと言える。
伊調選手の道場の使用についても、「私が使わせると言えば、いつでも使うことができる」と語気を強めたのも、自分が圧力をかけ、命令することができる立場を強調したにすぎない。パワーを持っているのは栄氏ではなく自分なのだと示したかったのだろう。自分を認めさせたいという欲求が、そこから垣間見える。権力や地位を持つ人間がそれを誇示すると、支配欲と高慢さだけが際立ってくる。結果、学長からは部下を擁護しよう、守ろうという姿勢が見えなくなった。