11月10日に最新主演映画『正欲』(監督:岸善幸)の公開を控える稲垣吾郎には「30代前半、もう少しやっておきたかったな」と今も思い残す仕事があるという。映画、舞台など様々な分野で活躍し続ける彼に、これまでの歩みを尋ねた。(全2回の前編/続きを読む)
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「アイドルグループの一員が悪役を演じることは、当時はそれほどなかった」
――近年、俳優の仕事に精力的に取り組んでいますが、大きな転機になったのは『十三人の刺客』(2010)ですか?
稲垣 たしかにそういう印象を持つ方が多いのかなと僕も思います。インパクトのある作品でしたから。いまだに言われることが多いです。むしろそれしか言われない(笑)。まあ、ありがたいことですけどね。そういうことが俳優にはあるんじゃないかな。特定の作品ばかり取り上げられるって。
――でもそれだけインパクトの大きな作品でしたし、残酷で狂気を宿した殿様役はそれまでの稲垣さんにはない役柄でした。
稲垣 それまでになかったことをやったので、衝撃を受ける人が多かったのかもしれないですね。アイドルグループの一員があれほど悪い敵役を演じることは、当時はそれほどなかった気がします。メンバーはいろいろな役をやっていたけど、少なくとも僕がやるのは新鮮だったのかもしれません。
――お話を聞くかぎりとても客観的ですが、周囲の反響ほどにはご自身に実感はなかった、ということですか?
稲垣 全然なかったです。というのも、『十三人の刺客』でとにかく大変だったのは“13人”を演じた方たちでしたから。山形県の庄内映画村で真夏にロケをやって、そうとう大変だったと思いますよ。
僕はスケジュールの都合もあって、東京と庄内村を何度か行き来して、その都度まとめて撮影してもらいました。庄内村に行くととんでもない変な役をやって、東京に戻るとまたグループの仕事をして。どこか気分転換みたいな感じで、楽しくやっていたんです。お前、舐めてるのかと言われそうだけど。
山田孝之くん、伊勢谷友介さん、窪田正孝くんに松方弘樹さんも大変そうだったけど…
13人の刺客を演じた中には、役所広司さんを始め山田孝之くん、伊勢谷友介さん、窪田正孝くんに松方弘樹さんもいらっしゃいましたけど、「昨日は朝まで撮影だった」などとみなさんが話している一方で、僕は家臣役の市村正親さんと撮影後に美味しいものをいただいたりして。それが意外と反響のある作品になったので、ちょっと申し訳ない気がしました(笑)。
肩の力が抜けていた、ということなのかもしれません。三池崇史監督の演技指導もとてもわかりやすくて、現場の空気が本当によかったんです。三池組はあれだけディープなものを作るのに、怒鳴る人なんかひとりもいない。10年前はまだピリピリした現場が多い時代でしたけど、穏やかなんですよね。
そういう意味では穏やかに、楽しくやっていただけだったので、完成作を観たときに「え!」って。それくらい肩の力が抜けていたから、自分の中の極悪さや狂気みたいなものが出やすかったのかもしれません。