映画『正欲』で稲垣吾郎さんが演じるのは、不登校の息子に悩む“普通”の感覚を持った父親、啓喜だ。検事の彼は、「他人に知られたくない性的指向」に関わる事件を担当する。
市井の人だったはずの自分の価値観が崩れる様子を繊細に表現した稲垣さんが“人間の複雑さ”を語った『週刊文春WOMAN2023秋号』のインタビューの一部を紹介する。
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「引き受ける以外の考えがなかった」
『半世界』の炭焼き職人や『窓辺にて』のフリーライターなど、稲垣吾郎さんは出演する映画において、社会の異端ともいえるキャラクターを演じてきた。
11月10日(金)より公開される映画『正欲』で彼が演じる役は、専業主婦の妻と10歳の息子を持つ、横浜地方検察庁の検事・寺井啓喜。日本社会の真ん中で、正義や法の下の平等を目指す人物である。
原作は、稲垣さんとかねてより交友関係にある朝井リョウ氏が、2021年に書き下ろした長編小説だ。啓喜の息子、泰希は不登校中で、インフルエンサーに影響され、自分も動画を配信したいと主張する。しかし、「道から外れた生き方はさせられない。普通じゃなきゃ」とはねつける啓喜。泰希、そして泰希に寄り添う妻の心は離れていく一方だった。
そんな中、啓喜が扱う公共施設の蛇口の窃盗事件について、検察事務官が「水を出しっぱなしにするのがうれしかった」と犯人が供述した類似の事件を報告する。そして「異常性愛の人って沢山いるみたいなんです。今回の被疑者ももしかしたら……」と啓喜に告げるのだった。
マジョリティーの意識を問いかけるこの群像劇にどう向き合ったのか、稲垣さんに聞いた。
稲垣吾郎(以下、稲垣) オファーをいただいて、素直に嬉しかったですし、もともとこの小説は読んでいたのですが、まさか映画化されるなんて想像もしていませんでした。小説を読む時は、「もしも映画になったらどうなるのかな」「自分に出番があるのかな、どの役かな」と想像する“ごっこ”が楽しかったりします。
この小説に関しては、映像化はとても難しいだろうなと思っていたので、自分を結びつけてはいませんでした。だからこそ、このチャレンジに自分も参加したいなという思いがありました。岸善幸監督の作品も『あゝ、荒野』などいくつか拝見していましたし、引き受ける以外の考えがなかった。衝動的に「やりたいな」と思いました。