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ただ、この寺井啓喜という役をいただいたのはちょっと意外でした。彼はこの物語の中で、どちらかというとマジョリティー側の人間として描かれているわけですが、僕は今まで少数派で癖のある役が多かったので、これは俳優としてのチャレンジだなと。
ただ、監督や製作の方から、この役を僕で、という要望があったと伺って。それはやはり嬉しいことなので、責任感を持って臨みました。
共通点がない啓喜を演じるのはとても難しかった
朝井さんから具体的な要望は何もなかったんです。それは朝井さんの品性ですし、映画のチームに引き渡した感覚だったのでは、と想像します。正直なところ、「この役はこうやって演じてくれ」と注文をつける原作者は、あまりいないと思います。僕が作家でも、多分言いません(笑)。
一度、朝井さんが現場に見学にいらしたときも、「すいません、こんなところに僕がいて……」と、小さくなっていらっしゃいました。謙虚な方ですよね。
啓喜を演じるのは、難しいといえばとても難しかった。僕は子どももいないし、1人で暮らしているので、啓喜につながるものがないんですよね。とはいえ、演じる時に自分の中の何かを引き出すことはそもそもあまり行わないので、監督やスタッフなど、息子さんがいる方たちのお話を伺って、ヒントにしました。
泰希にせがまれて、動画配信用の風船を膨らませるシーンがあるのですが、子どもの前では、ごくごくありふれたお父さんに見えていればいいなという意識でしたね。完成した作品を見た方から「稲垣さんが市井の人間に見えた」という感想を聞き、すごく嬉しかったです。