アメリカでは、政界を中心に陰謀論者や原理主義保守派の暴走が止まらない。ここでは、現地在住の映画評論家・町山智浩氏がリアルタイムのアメリカをレポートした『ゾンビ化するアメリカ』(文藝春秋)より一部を抜粋。
ラッパーのカニエ・ウェストがユダヤ人差別発言を繰り返す理由とは――。〈初出は「週刊文春」2022年12月29日号〉(全4回の1回目/続きを読む)
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「僕はヒットラーが好きだ」と主張するカニエ・ウェスト
ラッパーのカニエ・ウェスト(法的にはイェーに改名したが)は、相次ぐユダヤ人差別発言のためにアディダスから契約を切られ、15億ドル(円じゃないよ、ドルだよ)のビジネスを失ったが、さらに反ユダヤ発言の上塗りを続けている。
11月22日、カニエはトランプ前大統領に面会を求め、フロリダ州にあるトランプの別荘、マール・ア・ラーゴに招かれた。トランプは次期大統領選に出馬すると宣言したばかりなので、パブリシティのために会っておこうと思ったのだろう。ところがカニエは自分が大統領候補になるからトランプに副大統領候補としてサポートしてくれと持ちかけた。当然断られた。アホですね。
しかも、カニエはニック・フエンテスという24歳の青年を連れて行った。悪名高い白人至上主義運動家だ。
フエンテスはヒットラーやナチを支持したり、ホロコーストを否定する発言をして「ネオナチ」と呼ばれている。そんな男と会ってしまったトランプは共和党からも猛批判を受けた。トランプ陣営は「知らなかった。カニエが勝手に連れてきた」と憤慨している。トランプの娘イヴァンカがユダヤ系と結婚してユダヤ教に改宗していることをカニエは知らなかったのだろう。
約1週間後の12月1日、カニエ・ウェストはアレックス・ジョーンズのネット番組に出演した。ジョーンズはトランプ支持の右翼ブロガーで、2012年の小学校乱射事件を「ヤラセ」だと主張して遺族から訴えられ、裁判で負けて約10億ドルの賠償金支払いを命じられて破産した直後。
カニエはなぜか真っ黒なマスクをかぶって出演、「僕はヒットラーが好きだ」「僕はユダヤ人を愛しているが、ナチも愛しているんだ」と言うカニエにジョーンズは笑って「同意できないな」と述べ、「君はヒットラーじゃないし、ナチでもないのに、そんな風に呼ばれて悪魔扱いされるべきじゃないよ」と諭した。しかし、カニエは聞いちゃいない。「ヒットラーのいい面もある。ユダヤ人にとやかく言われたくない。ヒットラーは高速道路を作った。僕がミュージシャンとして使っているマイクロフォンを発明したのもヒットラーだ」
違う。マイクロフォンを発明したのはエミール・ベルリナーというドイツ系ユダヤ人だよ。
「ナチの制服はかっこいいし、ヒットラーはいい建築家だった。ユダヤ人を600万人も殺してない。僕はナチだよ」
……言ってしまった。
後日、アレックス・ジョーンズはカニエのことを「ナチとかヒットラーを好きなのってホモっぽいね」と揶揄した。それも問題発言だよ!