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3週間で逆戻り

 初めての勤務を終えた後、彼女は明るかった。「仕事は楽しいかも」と言い、介護で接したおじいちゃんが可愛かったと語った。彼女を見守ってきた人たちはみな、「よかったねえ」と喜んだ。しかし何日か後、ユズの表情は明らかに暗くなっていた。初めてペアを組んだ先輩の女性職員から、きつい口調で注意を受けたらしい。「すぐに怒鳴るんだよね。そんなキーキー言わなくても分かるのにさ。嫌みな感じで「そんなボサっとしてないで」とかさ。あの人……無理なんだけど」

 毎回ではないが、シフトによってはその人とまたペアを組むことになるという。顔をしかめるユズに、坂本さんが「上の人に言って、その人と組まないようにしてもらったら?」と言ったが、彼女はあいまいな返事をするだけだった。

 就職から10日ほどすると連絡が来なくなり、心配した坂本さんは「大丈夫か?」とラインを送った。すると、「退職したい」と返ってきた。何度かなだめたり励ましたりしたが、だめだった。勤めたのは20日に満たなかった。

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「どうしてもその人が嫌だった」と言った。少し後ろめたい気持ちもあったようで、「別に介護の仕事が嫌だったわけじゃない。仕事は楽しかった。その人がいないところだったら働いてもいい」と付け加えた。それを聞いた坂本さんはもう一度都の支援窓口に頼み、次の就職先を紹介してもらった。今度も都内の老人ホームだった。施設の責任者との顔合わせを兼ねた最初の出勤日は、5月に入ってすぐの日に決まった。

 だが、ユズは行かなかった。「もうその時には出稼ぎ入れちゃってたから」。新潟の風俗店に2週間ほど働きに行く予定を立てていた。再就職は破談になった。「だって、お金ないんだもん。そんな後から5月に来てとか言われても」と頬を膨らませた。

 ユズは介護の仕事が嫌だったのか、それとも、歌舞伎町で遊べないのが嫌だったのか。誰が何を聞いても、伏し目がちに「別に嫌だったわけじゃないけど……」「ホスト行けないのは別によかったんだけど……」と言うだけで、それ以上の言葉はなかった。坂本さんも周囲のボランティアたちも、黙って聞くしかなかった。

 坂本さんは、介護職で働こうとする気持ちがまだあるのか確かめようとした。働く気がなければ、都の支援プログラムから離脱することになる。アパートも退去しなければならない。5月半ばになり、都の支援窓口から坂本さんに、「(ユズと)連絡が取れなくて困っている」という電話があった。「少し待ってあげてほしい」と頭を下げた。

 結局、5月末にユズはアパートから出ることになった。「自分で金払うから出たくない」と最後まで難色を示したが、どうしようもなかった。上京して初めて得た自分の家。住んだのは2カ月に満たなかった。

 戻ったのは、歌舞伎町だった。