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「虐待は絶対にやっちゃいけないけど…」

 この話を聞いたとき、私は介護の仕事に就く前に通っていた講座の先生のことを思い出した。

 その先生は、「自分は実の親を介護することはできない」と言っていた。

 昔をよく知っているだけに、自分の親が変わっていくことを受け入れられない。他人への介助の場合と異なり、仕事だからと割り切ることもできない。他人だからこそ、介護することができる……介護職を経験した今ならば、この言葉の意味がよくわかる。きっと、もがくほどきつく締まる縄で縛られたように、実の親だからと一生懸命になった分だけ、苦しみの縄で締め付けられてゆくのではないだろうか。

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 だが一方で、一生懸命ゆえというのは施設の介護職員にも同じことが言えるかもしれない。

 昨今ニュースで頻繁に取り上げられる、介護施設での虐待行為。利用者の家族が設置したのであろう隠しカメラの映像がテレビで流れるたび、以前の私は、「なんてひどいことをするんだろう」「こういうことをする奴は、そもそも介護の仕事に向いてない」……と、怒りをおかずにしながら夕飯をムシャムシャ食べていた。

 しかし、実際に介護の仕事をしてみて思ったことは、「虐待は絶対にやっちゃいけないけど、正直気持ちはめちゃくちゃわかる」だ。

 入職して間もなく、キヨエさんに口の中のごはんを顔へ吹き付けられたとき。あのとき私は、喉詰めをしないよう慎重に食事介助を進めていただけでなく、食べる物の順番や、お茶と汁物を飲んでもらうタイミングはこれでいいだろうか? おいしくごはんを食べられているだろうか? ということで頭をいっぱいにしながら介助にあたっていた。

 もちろんそれが介護士の仕事なのだが、そこへあの毒霧攻撃を食らえば、「ふざけんなよクソババア」と、後頭部を渾身の力で引っぱたきたくもなった。

 他の利用者に対しても、介助中に叩かれたり引っ掻かれたり暴言を吐かれたりすると、確かにイラッとしている自分がいる。

 たとえば、便失禁をした利用者がいたとする。

 水っぽい便で、お尻だけでなく下肢全体にわたって便で汚れていたとする。そうすると我々介護職は、まず陰部~下肢をキレイにしてあげなくてはいけないわけだが、利用者は便を失禁してしまったことに対してパニックを起こしていたりもする。私だって、自分がいきなり便を漏らしてしまったら大混乱するだろう。そして、そんなの他人に絶対見られたくないし、ましてや人にキレイにしてもらうなんてしんどすぎる。

 だから、パニックを起こして大騒ぎするのは仕方のないことだ。そんな利用者の気持ちを落ち着かせるために、「キレイにしに行きましょう」「このくらい大丈夫、なんの心配もいりませんよ」「私に任せて」……と声をかけながら、なんとかお風呂場まで連れて行く。

 陰部はきちんと清潔にしておかないと、尿路感染などの様々な感染症に罹患するリスクが高まる。なので、洗い残しがないよう石鹸を使ってしっかりと洗うわけだが、利用者が嫌がったり暴れたりすると、当然その分時間がかかるし、洗浄も満足におこなえなかったりする。その都度、穏やかに声をかけながら進めようとしても、まず聞く耳を持ってくれないこともある。

 そんななか、「早くしなさいよ!」「なんでそんなひどいことするのよ!」「人でなし!」と蹴とばされたり、桶や洗面器を投げつけられたらどんな気分になるだろう。

 私だったら、「誰のためにやってると思っとんじゃ!」「あんたがちょっと大人しくしててくれればすぐに終わるんだよ!」と怒鳴りつけたい気分になると思う。