近年、男性優位社会で虐げられてきた女性の公的、私的領域での人権を尊重し、男性と平等に働き、生きる機会を得られるよう、制度、意識両面からの改革が求められている。しかしながら、男性の中にも平等の恩恵を享受できていない人たちが存在し、古くからある「男らしさ」のジェンダー(性)規範に生きづらさを抱えている人もいるのだ。
ここでは、20年以上にわたって1500人を取材し、日本企業の弊習や内面化された「男らしさ」の呪縛の深さを浮き彫りにした奥田祥子氏のルポ『シン・男がつらいよ 右肩下がりの時代の男性受難』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。“恋愛経験ゼロ”の独身男性・高井祐太さん(仮名)は、母親の意見に逆らえず、39歳のときに結婚を断念。そんな彼が迎えた悲惨の末路とは——。(全2回の2回目/1回目から続く)
◆ ◆ ◆
介護を「他人に任せられない」
婚活を自らやめてしまった高井さんは、落ち込むどころか、結婚しなければならないという重荷が取れ、気持ちが楽になっているように見えた。勤務する会社では課長級に相当するプロジェクト・リーダーを任され、仕事はますます忙しくなっていたが、それでも週末は趣味の鉄道に時間を費やし、2、3カ月に一度は母親と一緒に泊りがけで秘境の鉄道巡りをするなど、以前よりも生活が充実しているようだった。
「このまま、母が健康でいてくれたら、言うことないんですけど……」。2015年のインタビュー中、ふと漏らした。この時点で、迫りくる好ましからざる事態を予測していたのかどうかはわからない。
2年後の17年、持病の変形性膝関節症が悪化した母親が要介護状態になるのだ。高井さんが43歳の時だった。初めての要介護認定で「要介護1」と認定され、スーパーへの買い物や自宅内の掃除など、日常生活で必要な動作の一部が自力ではできなくなっていた。
「要介護認定を受ける数カ月前から鉄道旅行にも行きたがらなくなって、自宅の中でも歩きにくいのには気づいていたんですが、そこまで悪くなっているとは思わなくて……。正直、ショックでした。でも、母のことを他人に任せるわけにはいきませんから……何とか自分で頑張っているんですが、ずっと家事を母親任せにしてきたので、大変で……」
要介護認定を受けてから半年ほど過ぎた頃、インタビューでそう苦境を明かした。