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「結婚も介護も、すべて母親のためと思ってやってきたつもりでしたが……独り善がりで、母のためにはなっていなかったのだと思います。ただ……言い訳のようになってしまいますが……幼い頃、働き詰めの母と一緒に過ごすことが少なかったから、そのー、親子の時間を取り戻したかった。それに、母親が気に入らない女性と別れ、結婚自体を諦めたのも、在宅介護を拒む母に反抗して自分で母の面倒を見たのも……つまるところは、母に操られていたんじゃないかと……最近、母との適度な距離ができたことで思うようになりました」

 むせび泣きでの興奮から一転、落ち着いた表情で一言ひとこと、噛みしめるように語った。

働きながら親を介護する中年男性の増加

 高井さんのケースは未婚のまま、同居する母親を1人で在宅介護することになり、その困難から介護離職し、高齢者虐待という最悪の末路をたどってしまう。

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 女性のほうが男性よりも平均寿命が長いため、母親との関係では、介護の問題は避けて通れない。既婚か独身か、同居か別居かにかかわらず、働きながら親を介護する中年男性が増えている。

 厚生労働省の2022年「国民生活基礎調査」によると、介護保険法による要支援・要介護と認定された家族を同居して主に介護している人の3人に1人(31.1%)が男性で、さらにこのうち4人に1人(23.6%)が40歳代、50歳代の現役世代である。

写真はイメージ ©iStock.com

「男らしさ」などの古い価値観が及ぼす影響

 また、家事や家族の身の回りの世話など家庭でのケア役割を担った経験がほとんどない中年男性は多く、慣れない親の介護に疲弊し、普段通りに職務を遂行できないことに責任を感じて辞職するケースも少なくないのが現状だ。

 高井さんが介護離職した要因のひとつに、介護休業を利用しにくい職場環境・風土があったことは言うまでもない。

 日本の男性は、人間関係のネットワークなど社会関係資本の少なさが突出している。社会関係資本の乏しさはおのずと社会的孤立に結びつく。ここでも、弱音を吐いてはならない、といった「男らしさ」の性規範に基づく古い価値観が影響を及ぼし、周囲からの評価を気にして他人を頼れなくしていると考えられる。

 母親の要求に応じ、自らも母親に依存してしまう男性の背後には、個人の問題として片付けることのできない、社会の構造を問うべき課題がある。